競馬歳時記【3月2週】「中山牝馬S」

【はじめに】
「競馬歳時記」:今回は「中山牝馬ステークス」を取り上げます。まずは日本語版ウィキペディアから概要を見ていきましょう。

1.ウィキペディアでみる概要

中山牝馬ステークスは、日本中央競馬会(JRA)が中山競馬場で施行する中央競馬の重賞競走(GIII)である。競馬番組表での名称は「ローレル競馬場賞 中山牝馬ステークス」と表記される。
寄贈賞を提供するローレルパーク競馬場は、アメリカ合衆国のメリーランド州にある競馬場。創設時より同競馬場との親善を目的として、競走名に場名を冠している。

概要
1972年に、5歳(現4歳)以上の牝馬によるオープン特別として創設。1983年より重賞に昇格、グレード制が導入された1984年よりGIIIに格付けされた。
2006年に4歳以上の牝馬重賞路線が整備され、新設された「ヴィクトリアマイル」の前哨戦として位置づけられるようになった。

日本語版ウィキペディア > 中山牝馬ステークス

アメリカにある「ローレルパーク競馬場(1994年までは「ローレル競馬場」という名称だった)」との間で提携を結んでいる関係もあり、こういった名称が付いている中山牝馬Sです。

脱線が長くならない程度に解説をしますと、創設当時(今から約半世紀前)の日本競馬界が海外遠征をすると言った時の2大競走が、ヨーロッパの「凱旋門賞」とアメリカの「ワシントンDC国際」でした。凱旋門賞は今でも世界最高峰のレースとして認識されていますが、恐らく昭和の時代を知らない方は後者のレースを全くご存知ないでしょう。

「ワシントンDC国際(Washington, D.C. International)」は1952年に創設され、当時はアメリカで唯一の国際招待競走でした。南米や冷戦中のソ連からも招待馬が挑戦した時期もあり、日本馬も1960~70年代を中心に何頭も挑戦していました。
いわば「ブリーダーズカップ」が創設されるまでは最高格に位置づけられていた国際競走です。

具体的に挑戦した日本馬(創設当時)を列挙しますと、
・1962年:タカマガハラ
・1964年:リユウフオーレル
・1967年:スピードシンボリ
・1968~69年:タケシバオー

と、八大競走を勝つような馬が挑戦して5着が最高という世界的なレースを開催する競馬場を冠したレースだったのです。(今でいうとドバイの「メイダン競馬場賞」みたいなイメージ??)

2.オープン特別時代(1972~1982年)【サクラセダン】

上の概要にもあるとおり、当初は「オープン特別」の位置づけで、重賞に昇格したのは1983年だそう。改めて1972年当時の古馬牝馬路線を見てみますと、

  • (10月)牝馬東京タイムズ杯(現・府中牝馬S)
  • (10月)京都牝馬特別   (現・京都牝馬S)
  • (12月)阪神牝馬特別   (現・阪神牝馬S)

(現表記の)3歳馬の牝馬限定競走の充実ぶりと比較し、古馬牝馬は非常に冷遇されている印象です。当時の3重賞は全て秋に固まっていたことも特筆すべき事項でしょう。主要4場を冠した「牝馬競走」の最後に発足したのが「中山牝馬S」ということになります(しかも当時は春のオープン特別)。

( 同上 )

ちなみに、1972年の創設年こそ今と条件が異なりますが、その翌年からは「中山競馬場・芝1800m」というコース距離は変わっていません。時期に関しても、中山牝馬Sと距離が全く同じ「中山記念」の前後で定着しています。

重賞昇格前の優勝メンバーを見ても、中距離・ハンデ戦に適正のある馬たちを中心に優勝をしていて、重賞昇格後には1例もない「連覇」を果たした馬も2頭います(シュンセツ、フジマドンナ)。

日本語版ウィキペディア > サクラセダンより引用

代表的な馬として、名繁殖牝馬である「サクラセダン」もオープン時代の中山牝馬Sを制していることを挙げましょう。スピードを活かした短~中距離馬が芝・ダート問わず目立つ印象です。

3.重賞昇格後(1983年~)【スカーレットブーケ】

1983年に牝馬重賞に昇格、その翌年にはグレード制が導入されるタイミングの古馬牝馬路線は、

  • (1月)京都牝馬特別
  • (3月)中山牝馬S
  • (10月)牝馬東京タイムズ杯
  • (12月)阪神牝馬特別

と時代も分散され、中距離路線(牡馬とはなかなか渡り合えない)牝馬のハンデ戦として定着していくことになります。

そして、中山牝馬S史上唯一、57kgの斤量を克服して優勝したのが、1992年のスカーレットブーケ号です。京都牝馬特別からの重賞連勝(通算4勝目)という実績も輝かしく、もちろんその後の繁殖牝馬としての活躍は目覚ましいものがありますよね。

日本語版ウィキペディア > スカーレットブーケ より

4.3月前半定着後(2000年~)

グレード制導入からしばらくは2月最終週から3月第1週に開催されてきた「中山牝馬S」が、3月の第2週あたりに移ったのが2000年のことです。重賞馬も緒戦に選ぶことが珍しくなくなってきたこの頃から特に印象的なのが「久々の優勝」を果たす馬たちの存在です。具体的に見ていきましょう。

  • (2001年)エイシンルーデンス チューリップ賞以来2年ぶり
  • (2003年)レディパステル   紫苑S以来1年半ぶり
  • (2006年)ヤマニンシュクル  阪神JF以来2年ぶり
  • (2008年)ヤマニンメルベイユ 条件戦以来1年半ぶり
  • (2019年)フロンテアクイーン 条件戦以来2年ぶり

この他にも、重賞常連馬が制した例もあります。代表的なところで行くと、

  • (2000年)レッドチリペッパー 富士Sに次ぐ重賞2勝目
  • (2002年)ダイヤモンドビコー ローズSに次ぐ重賞2勝目
  • (2009年)キストゥヘヴン 京成杯AHに次ぐ重賞4勝目

などが勝ったレースでもあります。2020年に久々(1990年以来30年ぶり)に52kgの馬(フェアリーポルカ)が優勝しましたが、その他は53kg以上の馬が勝っていることも頭の片隅に置いておきましょう。

5.ここ数年のレーティング

では最後に、JRA(日本中央競馬会)のホームページから、ここ数年の「中山牝馬S」のレーティングを抑えておきたいと思います。

※通常は3年平均を見るのですが、私(Rx)はレースをもう少し長いトレンドで見るべく、通常の倍となる6年データ(最低年を除く5年平均も併用)でみることが多いです。

レースレート   優勝馬
2016105.75シュンドルボン
2017105.00トーセンビクトリー
2018102.50カワキタエンカ
2019103.25フロンテアクイーン
2020102.50フェアリーポルカ
2021104.25ランブリングアレー

6年間の平均は103.875、最低年を除いた5年平均は104.15です。牝馬限定競走であることを考慮すれば、G3として十分な水準を維持していると思います。ただ、やはり強い馬が出てくる年とそうでない年でレースレベルに差があることは否めない状況かとも思いますね。

そしてここ最近で一番のレートを獲得したのが2016年、105.75(牝馬限定競走の4ポンド調整を外すとG2に近い値)を取っています。

あんまりシュンドルボンってそんなに強いイメージないけど……?

という感想を持つ方もいらっしゃるかも知れませんが、この2016年は2着に敗れた馬の影響を大きく受けています。それが、56kgで挑んだ「ルージュバック」の存在です。斤量差が2kgあり、クビ差凌いで優勝した「シュンドルボン」もさることながらです。

日本語版ウィキペディア > ルージュバック(下線は筆者)

有馬記念こそ2桁着順ですが、きさらぎ賞を3連勝で制し、オークスで2着だった馬の存在が大きく、レース全体のレーティングを押し上げたという状況だと思われます。

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