ウィキペディア小旅行「ミャンマー連邦共和国」(Republic of the Union of Myanmar)

【はじめに】
皆さん「ウィキペディア小旅行」へようこそ、ツアーコンダクターのRxです。今回は「ミャンマー連邦共和国」を巡っていきます。素敵な旅をお過ごし下さい。

ミャンマー連邦共和国ビルマ語ပြည်ထောင်စု သမ္မတ မြန်မာနိုင်ငံတော်英語Republic of the Union of Myanmar)、通称ミャンマーは、東南アジアインドシナ半島西部に位置する共和制国家首都ネピドー2006年まではヤンゴン)。

イギリスから独立した1948年から1989年までの国名はビルマ連邦、通称ビルマ東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国、通貨はチャット、人口は5,142万人(2014年)。

ミャンマー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

面積:676,578km240位

人口:54,410,000人(26位)【2020年】

概要

インドシナ半島の西海岸をしめるミャンマーの国土は、日本の約1.8倍の面積を持ち、南西はベンガル湾、南はアンダマン海に面する。インド東部とミャンマーはベンガル湾を挟み相対している。国境は、南東はタイ、東はラオス、北東と北は中国、北西はインド、西はバングラデシュと接する。多民族国家で、人口の6割をビルマ族が占め、ビルマ語公用語である。

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ミャンマーでは初期の文明としてはモン族イラワジ川流域に栄えたが、南下してきたビルマ族1050年代パガン朝を建てた。パガン朝が1287年モンゴルの侵略で滅ぼされた後は小国分立したが、ビルマ族のタウングー朝1531年に国土を再統一。タウングー朝は1752年にモン族に滅ぼされたが、間もなくコンバウン朝が成立して全ビルマを統一。19世紀に3度にわたる英緬戦争でコンバウン朝が滅びた後はイギリス植民地となった。

1886年イギリス領インド帝国の一州とされたが、1935年にはインドと分離された。第二次世界大戦中に日本の占領を受け、ビルマ国としてイギリスから独立したが、日本の敗戦で連合国に再占領され、イギリス植民地に戻った。その後英植民地体制崩壊の流れの中で1948年に英連邦に参加せずビルマ連邦共和国として独立。1962年のクーデター後、ビルマ社会主義計画党ネ・ウィンの独裁政権となる。

1974年に国名をビルマ連邦社会主義共和国と改名。1988年に民衆の民主化運動でネ・ウィン体制は崩壊したが、これを危惧したミャンマー国軍がクーデターを起こして軍事政権を開始し、国名をミャンマー連邦に改名した。

2011年には、2010年の総選挙で軍事政権が正式に解散し、名目上の文民政権が発足した。これにより、アウンサンスーチーや政治犯の釈放とともに、同国の人権記録や対外関係が改善され、貿易などの経済制裁が緩和された。また国名をミャンマー連邦共和国に改名した。

しかし、政府の少数民族への扱いや民族反乱への対応、宗教的な衝突への批判が続き、2015年に行われた画期的な選挙でアウンサンスーチーの党が両院で過半数を獲得したが、ミャンマー軍は依然として政治に大きな影響力を持ち続けた。2021年2月1日、ミャンマー軍はアウンサンスーチー国家顧問と大統領を拘束し、非常事態を宣言した。軍は政権が国軍トップのミン・アウン・フライン最高司令官に「移譲された」とし、政権を奪取したと発表した(2021年ミャンマークーデター)。

宗教は住民の大半(85%)が上座部仏教を信仰し、他にヒンドゥー教などがある。

国旗

詳細は「ミャンマーの国旗」を参照

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ミャンマーの現行の国旗は2010年10月21日に軍事政権下で制定されたものである。

地方行政区分

7つの地方域(タイン・データー・ジー)と7つの(ピーネー)に分かれる。地方域は、主にビルマ族が多く居住する地域の行政区分。州は、ビルマ族以外の少数民族が多く居住する地域となっている。

詳細は「ミャンマーの都市の一覧」を参照

順位都市2014年統計州・地方域備考
1.ヤンゴン5,209,541ヤンゴン地方域旧首都(~2006年)
2.マンダレー1,225,133マンダレー地方域
3.ネピドー1,158,367ネピドー連邦領首都(2006年~)

経済

IMFの統計によると、2017年のミャンマーのGDPは673億ドル。一人当たりのGDPは推定1,278ドルであり、国連の基準では「後発開発途上国」と位置づけられている。

産業
主要農産物はで、農地の60%を水田が占める。国際米作研究所が1966年から30年間にわたり、52種の米を全土で試験栽培し、収量向上に貢献した。

また、宝石の産出量も多く、世界のルビーの9割を産出し、タイがそのほとんどを購入している。サファイアも品質の高さで知られる。しかし、採掘はほとんどが国営で、労働環境の悪さから欧米などの人権団体は不買を呼びかけている。

国民

人口
2014年春、31年ぶりに国勢調査が行われた。3月30日時点での人口は51,419,420人で、前回に行われた1983年国勢調査値(31,124,908人)から二千万人増えていた。しかし、1983年国勢調査以降にビルマ/ミャンマー政府が出していた推計人口(2012年では60,975,993人)は六千万人台であった為、九百万人近く多く見積もられていたことが発覚した。

人名
一般的には持たない。必要な時には両親いずれかの名と自分の名が併用される。便宜的に自分の名の一部を姓として使用する者もいる。また、名を付ける際には、その子が生まれた曜日によって頭文字を決める。命名は、ビルマの七曜制や月の名前、土地の名前等から付けられることが多く、このため同じ名前を持つ者が多い。

従来はタンのような1語やバー・モウなどの2語の名がほとんどであったが、独立後からアウン・サン・スー・チーのような4語や5語の名前が見られるようになった。アウン・サン・スー・チーのように、子の名前に父祖の名前を組み込むこともある。 名前を表記する場合は、語の間に空間や「・」を入れて表記するが、あくまで便宜的なもので発音はつなげて行う。「アウン・サン・スー・チー」を例にとれば、区切りを意識せずに「アウンサンスーチー」と1語として呼称することが一般的であり、一部の華僑のように英語名がない限り一部だけを読むことはない。

外国との交渉(旅券等の発行や移住時に姓や氏の記入を求められるような状況)で、便宜的に敬称や尊称や謙称を使って、苗字とする場合もある。男性敬称のウー(ウ)や女性敬称のドオ(ドー)が用いられ、国連事務総長を務めたウ・タントなどがその例である。ビルマ語でのウーは英語のミスターなどと違い、自称もされる。

文化

音楽
伝統音楽楽器としては、『ビルマの竪琴』に登場した「サウン・ガウ」が日本では知られている。

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美術
ミャンマーにおける芸術は、古来からムドラジャータカ菩薩など仏教の中心的な要素を反映したものが多い。

ミャンマーを題材とした作品一覧

著名人

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