津波の情報が「格上げ」された例を振り返ってみた【令和6年能登半島地震まで】

【はじめに】
この記事では、津波警報や注意報などの津波に関する情報が「格上げ」された事例を、幾つかの事例とともに振り返っていきます。

津波に関する情報の基礎知識

まず、日本における「津波」に関する情報の基礎知識として、以下の気象庁の解説ページなどを参考におさらいしていきます。(↓)

まず、情報の種類について。現在は「大津波警報(最大波の予想が3m超)」、「津波警報(1m超3m以下)」、「津波注意報(20cm以上1m以下)」、「津波予報(20cm未満)」の4段階で運用されています。

そして、津波は人命に直結するほか、地震の発生場所によっては陸地にすぐに来襲することから、警報などの第1報を速やかに出す努力が昭和の時代から続けられてきました。昭和後半には十数分から数十分かかっていたものが現在では3分程度まで短縮されました。
※ただ、注意すべき点として、「①それだけ早く出しても間に合わないことはある」、「②特に最初は精度が低いため、誤差が大きくなりやすい」ことは抑えておきたいところです。

「格上げ」が判断されやすいタイミングと実例

個人的な印象として、津波に関する情報に関して気象庁は『上げる必要に迫られなければ、積極的には格上げしない』スタンスだと感じています。こうした背景に、地方自治体や一般市民などに与える影響が殊に『津波警報』などは広いことが挙げられるかと思います。

天気予報の1mm程度の降水ならば、最新のデータに合わせて降る/降らないがコロコロ変わっても大きな支障はありませんが、津波に関する情報がコロコロ変わっては困ります。(例えば、警報が出された数分後に予報に切り替えられ、少しして解除したと思ったら、いきなり注意報が再発表される……みたいなことになったら、避難行動も翻弄されてしまいますよね)

基本的に気象庁は、数分後に発表した最初の情報をベースとし、不必要な更新で避難者を混乱させたり安心情報と誤解されないように「安全サイド」に立ちながら、極力最初の情報をキープしているような印象を受けるのはこういった背景があるからかと思います。(津波注意報を解除した後に20cm超の津波が起きても、基本的には注意報を再発表しないなど)

裏を返せば、一旦出した情報を「格上げ」しなければならないのは、現状維持を覆さなければならない何かしらの追加情報があったことを意味しているのです。具体的には、主に以下のパターンがあるのではないかと(過去事例から)推察します。

1.予想の前提(マグニチュードなど)の見直し

冒頭書いたとおり、「津波」は最短で数分で陸地を襲うため、地震によっては一分一秒を争います。21世紀における津波に関する情報は、緊急地震速報なども活用し、以前に比べて精度の高い状態で「3分程度」で情報発表を行えるようになっています。

とはいえです。マグニチュードや震央、深さ他の要素を特定するのには限界がありますし、まして数分では誤差も大きくなりがちです。「第1報はスピードを優先」するため致し方ないのですが、過小評価気味だった場合は、必要に応じて『格上げ』が行われていくこととなります。

ただ一言に「マグニチュード」と言っても種類やタイミングがあるため、過去事例からざっくりと分類していきます。

(1)数十分程度でのMの更新:令和6年能登半島地震など

日本では地震の揺れなどをもとにした「気象庁マグニチュード(Mj)」が通常用いられています。規模の特定が速やかに行えるため、津波の第1報を出す時の前提となるデータです。

他の種類のもので代表的なものとして「モーメントマグニチュード(Mw)」があります。ここでいうモーメントは「瞬間」などの意味ではなく『地震モーメント』のことで、ざっくり断層の破壊された体積などから算出される地震活動そのもののスケールの大きさを表したものです。
モーメントマグニチュードの最大の弱点は、『①算出するのに最低でも十数分は掛かるため、第1報には間に合わない』ことでしょう。津波の高さは地震動よりも体積などと相関が高いため、多少の時間が掛かっても、このモーメントマグニチュードの値(など)が気象庁マグニチュードをもとにした予測よりも乖離していれば、津波に関する情報は、発表から数十分で微調整されることがあります。

マグニチュード特定のメカニズムは分かりませんが、直近でM更新の影響を受けたと思しき事例があります。2024年の元日を襲った「令和6年能登半島地震」です。

「大津波警報」格上げまでのタイムライン
  • 16:10
    最大震度7を観測する「令和6年能登半島地震」の発生

    ※緊急地震速報が出され、16時11分に震度6強、16時14分に震度7と情報更新

  • 16:12
    津波に関する第1報が発表(津波警報)

    津波警報:新潟県上中下越、佐渡、富山県、石川県能登及び石川県加賀

  • 16:16
    震源・震度に関する情報:Mj7.4

    当初は、気象庁マグニチュード7.4と発表されていて、おそらくこれをもとに最初の津波情報が算出されたと推定

  • 16:22
    津波に関する情報の『格上げ』(大津波警報)

    石川県能登を津波警報から大津波警報に、山形県、福井県及び兵庫県北部を津波注意報から津波警報に切り替え

  • 16:24
    震源・震度に関する情報:M(マグニチュード)が7.6に訂正

    マグニチュードの訂正基準がMjかMwなのかは不明ですが、おそらく22分に発表された津波に関する情報の『格上げ』は、マグニチュードの訂正と連動していたと推定

最初に津波警報が出されてから10分で、石川県能登は「大津波警報」に切り替えられました。直後にはマグニチュードが現在の7.6に訂正されていることを鑑みるに、Mの種類は今回置いておくとしても、こうして新たなデータ(震源要素の更新)による情報の更新は順次行われうることは抑えておきたいところです。

(2)1時間あまり後の更新:気象庁Mの「暫定値」への更新

前述のとおり、最初に求められる気象庁マグニチュードは「速報値」と呼ばれ、精度はあまり高くありません。そこで、大地震に限らずなのですが、マグニチュードは「暫定値」というものに更新されていきます。気象庁が報道発表資料や記者会見などを行うものに関しては優先して「暫定値」への更新が行われ、通常であれば1~3時間後までにデータの更新が世間に公表されます。

世間への公表の前に、気象庁内では「津波情報」の前提となるマグニチュードの更新を反映させていて、仮に津波に関する情報を更新(格上げ、引下げを問わず)しなければならなくなった場合、その結果をもとに情報が改められていきます。典型例を2つ挙げます。

①2013/10/26・福島県沖
2013年10月26日・福島県沖
02:10 地震発生(最大震度4)
02:14 当初マグニチュード(Mj6.8)をもとに
    「津波注意報」を福島県に発表
 ↓
02:50 マグニチュードがMw7.1に更新され、
    「津波注意報」の範囲を岩手県から
    千葉県九十九里・外房まで拡大
(出典)気象庁ホーム > 各種データ・資料 > 発表した津波警報・注意報の検証 > 2013/10/26 福島県沖の地震

2013年の事例は気象庁が「検証・評価」の中で認めた珍しいケースです。ただこれは技術的にも限界のある致し方ない面もあるものです。我々にとって大事なのは、『情報は更新されることがある』と認識をすることでしょう。

②2011/03/11・三陸沖(東北地方太平洋沖地震)

少し遡って、東日本大震災を引き起こした超巨大地震についてもここで触れておきます。当初は気象庁マグニチュードで7.9とされていましたが、専門用語でいう『マグニチュードの飽和』が起きてしまっていて、実際には過小評価だったことに気づくのが遅れました

(出典)気象庁ホーム > 各種データ・資料 > 発表した津波警報・注意報の検証 > 2011/03/11 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震
東北地方太平洋沖地震
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

当初は東北3県だった大津波警報は1時間あまりで北海道から徳島県まで広がり、日本海溝沿いは10m以上の表示となりました。ちなみに、マグニチュードの更新発表は、

  • 3月11日14時49分 Mj7.9(気象庁マグニチュード)
  • 3月11日16時00分 Mj8.4( 〃 )
  • 3月11日17時30分 Mw8.8(モーメントマグニチュード)
  • 3月13日12時55分 Mw9.0( 〃 )

といった経緯を辿ったものであり、Mj8.4というほぼ上限の値をもって徳島県まで範囲を広げたことがわかります。もちろん、このあと説明する「津波の観測値」などが即時性のあるデータとなりますのでそちらで更新されることの方が多いかとは思いますが……。

(コラム)仮にマグニチュードに比例して津波も高くなったら……?

なお、誤差と言ってもマグニチュード0.2とか0.3とかその程度のことが殆どです。しかし侮れません。だって、0.2違えば地震のエネルギーが2倍違うことを考えれば、(津波の高さが単純に2倍になるものではないにせよ)当初の予想が上振れしても不思議ではないからです。

イメージしてもらうために次の表を作りました。

「エネルギー」とした2列目は、M6.8を1.0とした時のマグニチュードの比較値です。対数をとっていて、マグニチュードが2違うと1000倍(1違うと約31.6倍)違います。

そして3列目の「高さ例」は、仮にマグニチュードと津波の高さが一体となる場合を仮定し、M6.8が20cm(津波注意報の下限)だった場合、各マグニチュードでどれぐらいの津波の高さになるかを試算したものです。(科学的根拠のある話しではなく、あくまでイメージとして捉えて下さい)

最後に4列目は、この高さの津波が予想された場合の津波に関する情報はどれに当たるのかを示しています。

以下、私なりの分析・雑感を列挙しておきます。

  • 頻度の高いM6台では、M0.1の差で高さの差は数センチです。これがきっと「マグニチュードと津波の関係」を考えるときに、軽視されてしまう一因ではないかと思います。
  • M6.8からM7.2辺りが注意報レベルとなるのですが、大半はここまでに収まってしまいます。
  • 問題となるのは、津波警報級以上です。落語家の祖・曽呂利新左衛門と秀吉の「米」の逸話ではないですが、ある水準を超えたところからM0.1の差による津波の高さの差の絶対値が看過できないレベルになっていくことがわかります。
    • 例えば、M7.2からM7.6と0.4上昇するだけで、津波の高さは4倍となり、注意報から警報を飛び越えて「大津波警報」級となります。
    • また、M7.6とM7.7は0.1しか違いませんが、津波の高さでは1.3mという絶対値となります。仮に、高さ3mと聞いて海沿いの2階建ての屋上に避難したのに、実際にはM7.7で4.5mの津波に襲われてしまったなどということは想定されうると思います。(3.11時はこれが顕著)
    • こうしてみると、頻度などを加味した時に、「津波警報」が出される頻度と比して、「津波警報」で的中となる津波の高さの頻度は案外低い(表の例だとM7.3~7.5とピンポイントの範囲のみ)のかも知れませんね。

2.津波に関する「実測値」での見直し

ここまでは、マグニチュードに基づく「予測」を見てきましたが、もう一つ大きな見直しの根拠となるのが、各地の「実測値」の情報です。これこそ見過ごせないデータとなります。

(1)実測値による広域への発表・更新

一番の理想として、「①海外の地震ならば、実測の値をもって全国的に情報を発表する」、「②国内の地震で想定以上の値が出たら、それをもとに先んじて広域に情報を発表する」パターンがあります。

①海外:2015/09/17・チリ中部沿岸 M8.3

海外に起きる巨大地震の代表格である「チリ沖」は、日本に津波が到達するまでに1日弱あるうえに、過去のデータの蓄積も多いため、太平洋上の離島のデータなどをもとに、時間・高さをかなり限定して先手に津波注意報を発表することが出来ます。

(出典)気象庁ホーム > 各種データ・資料 > 発表した津波警報・注意報の検証 > 2015/9/17 チリ中部沿岸の地震

想定を上回ったため当初から範囲を広げた事例としては、2023年12月2日のフィリピン付近のM7.7の地震などが挙げられます。

また、当初は「津波予報」級とされていたものの、津波警報が発表された事例として、2022年1月にトンガで起きた火山噴火による海面変動(津波)が挙げられましょう。

津波警報・津波注意報が発表された事例の一覧
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
②国内:2012/03/14・三陸沖

国内の事例で少し前になりますが、2012年3月14日に三陸沖で起きた地震を取り上げます。18時08分に地震が発生し、18時12分に青森県太平洋沿岸、岩手県を対象とする津波注意報を発表。そこから、18時35分には北海道太平洋沿岸東部、北海道太平洋沿岸中部に津波注意報が追加されました。

(出典)気象庁ホーム > 各種データ・資料 > 発表した津波警報・注意報の検証 > 2012/03/14 三陸沖の地震

実測の値としては沿岸中部では0.2mと津波注意報クラスだったのですが、沿岸東部では9cmと津波予報で問題ないレベルだったことを考えると、実測値や断層の向き(走行)をもとに注意報を拡大した判断は適切だったかと思います。

情報の受け手として大事なことは、『地震直後の情報で対象になっていないから安心』ではなく、当初の情報を上回る事態になりうるのを知っておくことでしょう。

(2)実測値による後追いでのピンポイントな発表

他方、最近増えてきてしまっているのが「後追いでのピンポイントな発表」です。津波予報データベースが発達した弊害(?)かは分かりませんが、人的判断の余地が減った結果、専門的な知見というより機械的・公務員的な情報発信が目立っています。例を幾つか挙げていきましょう。

①海外:2022/01/16・フンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ火山

2022年1月15日に発生し、日本には翌日にかけて広域で海面変動(津波)が観測された、トンガのフンガ・トンガの火山に伴う事例です。
右の図は1月16日午前2時54分時点での警報・注意報・予報の発表エリアです。午前0時15分頃に警報・注意報が発表されましたが、前日夜から既に予想よりも早く全国的に注意報以上の海面変動が観測をされていました。午前2時54分に岩手県にも警報が発表され、この後午前4時過ぎには太平洋側以外のエリアに津波予報が発表されました。

  • 鹿児島県奄美市名瀬:134cm(15日23:56)→ 津波警報:16日00:15(19分後)
  • 岩手県久慈市久慈港:107cm(16日02:26)→ 津波警報:16日02:54(28分後)

このように、実際に1mを超える値が観測されて始めて、津波警報に切り替えたのです。気象の情報などでも、「(起こりそうだから)注意を喚起する」タイプの情報と、「実際に起こったから注意を喚起する」タイプの情報がありますが、このパターンは後者となるでしょう。

情報の受け手である我々が注意しなければいけない点として、こういったパターンの場合、「しっかりとした予測が立てられない状態なので、実際に観測されないと格上げしづらい」という気象庁内の力学が働き、発表が遅れる(観測されてから発表する)傾向にあります。
この守りのフォーメーションに入ってしまうと、仮に、「A県」と「C県」で警報が出ているのに、その間にある「B県」はまだ最大0.9mだから注意報のまま、という『飛び石』な発表状況となることも想定されます。実測ベースでは確かに正しいのかも知れませんが、検潮所も数えるほどしかない上に、本来の『安全サイド』に立つならば、そういった場合には周囲から推計して狭間にも警報を出すべきと思います。

各地で0.8~0.9mなど「ほぼ津波警報な注意報」クラスが観測されていたにも関わらず、岩手県に津波警報が出されたほかは注意報据え置きとなったトンガの事例。深夜という時間帯も加味されたのかも知れませんが、仮にジワジワと1mを超える値が観測されるパターンだった場合、また違った形で批判にさらされていたでしょうし、何より我々一般人が深夜に翻弄されて思わぬ被害を受ける可能性もあったことは意識しておかなければなりません。

②国内:2016/11/22・福島県沖

国内ですと、2016年11月22日、津波予報データベースの見直しにまで発展した事例を取り上げます。

福島県沖地震 (2016年)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

長々と書かれていますが、要するに、「断層の向き」を1パターンしか想定しなかったものの、実際と向きが異なっていたため予想が外れたということになります(これについては平成のうちに修正済)。ただもう一つ気になったのが「警報」発表までの経緯です。再びタイムラインを作成しました。

2016/11/22・福島県沖の地震のタイムライン
  • 05:59
    最大震度5弱・M7.4の地震発生

    緊急地震速報(警報)が発表。ほぼ6時のニュースと共に報じられる。

  • 06:02
    福島県に津波警報が発表(宮城県などは注意報)

    注意報:青森県太平洋沿岸、岩手県、宮城県、茨城県、千葉県九十九里・外房

  • 06:40
    6時06分にいわき沖20kmで津波が観測されたことを発表

    ※初の事例だったとはいえ、34分前の情報であることに留意

  • 06:49
    小名浜港で60cmの津波が観測

    6:54頃に発表(NHKテレビカメラが到達を捉える)

  • 07:26
    千葉県内房、伊豆諸島に津波注意報を発表(追加)

    7:13 館山で20cm、7:22 八丈島で30cm など

  • 07:44
    宮城県内の2地点で80cmの津波が観測されたことを発表

    7:25 仙台港で80cm、7:39 石巻市鮎川で80cm
    ※NHKなどでは「仙台港」で(上昇中)と明示

  • 08:09
    宮城県を津波注意報から津波警報に切り替え(格上げ)

  • 08:12
    8時03分に仙台港で1.4mの津波が観測されたことを発表

大きく2回、津波注意報・警報が広がった(格上げ・追加)されたタイミングがありました。どちらもその後の発表で「実測値」をもとにした切り替えだったことがわかります。ここで特に気になるのが、宮城県の7~8時台の動きです。

そもそも宮城県内の観測点は数個しかなく、リアス式海岸などが広がり顕著な被害に見舞われてきた三陸沿岸。本来であれば仙台や石巻で80cmという値を観測した時点で、
『(検潮所では1mを超えていないとはいえ、)数十センチの上昇は今後ありうるし、局地的に1m超となっている可能性もある』と判断して、津波警報に切り替えるべきではなかったかと思うのです(本来の趣旨からしてもそうではないかと思うのです)。

自動化が進んだ昨今、切り替えの判断をフォワードルッキング的に取らず、県内に数地点しかない検潮所で観測されなければ格上げを行わないといった『守りの姿勢』を取ることが気象庁は多くなっています。もちろん一長一短ありますが、本来、警戒・注意を呼びかけるという趣旨の情報であることを鑑みれば、『基準より数十センチ低い段階でも今後基準を上回る可能性が否定できない』と思った段階で、情報を発表する姿勢を取っていただきたいとも感じます。

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