【はじめに】
この記事では、俳句歳時記にいくつか掲載されている「残る◯◯」という形の季語について、ジャンルごとに纏めていきます。
2023年秋に「夏井いつきの一句一遊」(南海放送ラジオ番組)で出題された「残る虫」のように、その意味を理解していないと間違って作句してしまいかねないものについては補足しておきましたので、ぜひ参考になさってください。
【時候】:「余寒」、「残暑」など
まずは身近なところから行きましょう。日常的に使う言葉として、「残暑(≒残る暑さ)」などが例にあげられる【時候】の季語です。
- 【初春】余寒:残る寒さ
- 【初秋】残暑:残る暑さ
- 【晩秋】行く秋:残る秋
注意すべきはその季節です。「寒し」は冬の季語、「暑し」は夏の季語なので、それが“残る”場合には季節が1つ進みます。「余寒」は体感としてはまだまだ寒い2月頃に使われますが、暦の上では初春の範疇となります。同様に、「残暑」も立秋を迎えた8月に使うのが、伝統的な『俳句歳時記』における季節感です。
一方で、「行く秋」や「残る秋」については、まだギリギリ冬にならない『秋』(晩秋)の季語となっています。これは「残る」が入らないものの中でも、「春惜しむ」や「夏の果」などが春、夏に分類されるのと同じかと思いますので、使うタイミングには注意が必要です。
【天文】:「残る月」など
「天文」で手元の俳句歳時記で目に止まったのが「残る月」です。雅な『月』の季語の流れに親しんでいないと馴染みがないのかも知れませんが……
- 有明月、朝の月:残る月、残月
満月を過ぎた「十六夜」以降の月のこと。少しずつ月の出入りが遅くなり、夜が明けても、まだ朝の空に白く月が浮かんでいることから、その名がつけられた。
「残る月」の『残』という漢字が持つのは、『夜が明けたのにまだ残ってる』というニュアンスです。
【地理】:「残る雪」、「残る氷」など
地理の季語は比較的少ないですが、手元の歳時記には、冬が終わり雪解け、春の訪れ(初春)の頃に、以下のような季語が見あたりました。
- 残る雪、雪のこる、残雪
- 浮氷:残る氷
地域差はあるでしょうが、俳句歳時記の世界では新年を過ぎ晩冬の一番厳しい寒さを超えて「立春」を迎えると、徐々に雪解けの季節となります。「残る雪」は、東京など都会に残る雪よりも、雪国で積もった雪が徐々に0℃以上が当たり前になっていって自然と融け始めた中でも日陰などに残っている雪のことを示しているように私は感じました。
【行事】:「残り戎」、「残り天神」など
現代でも比較的残っている「新年」の行事から『残り◯◯』ではありますが、季語をピックアップしてみました。
- 十日戎:残り戎・残り福
1月9日が「宵戎」、1月10日が「本戎」で、1月11日のことを「残り戎」や「残り福」といいます。 - 初天神:残り天神
同様に1月25日の「初天神」の縁日に対し、その翌日1月26日を「残り天神」といいます。
【植物】:「残る花」、「残る紅葉」など
季節がある程度定まっている感のある「植物」の季語ですが、ストレートに『残る◯◯』の形となっているもので目立ったのは以下のあたりでした。
- 残花:残る花、名残の花、残る桜、残桜、名残の桜
- 残菊、残る菊、菊残る
- 冬紅葉:残る紅葉
「花」といえばここでは「桜の花」を指しますが、晩春になっても盛りに咲いた桜の花のうち一部が散らずに残っているものを「残る花/残る桜」などと形容するようです。
「紅葉」に関しては、立冬(11月)を過ぎても標高の低いエリアでは紅葉が見頃となることもありますので、『冬紅葉』を『残る紅葉』と言うこともあります。
そして、「菊」に関しては『六日の菖蒲、十日の菊』という表現があるように、(旧暦)9月9日の「菊の節句(重陽の節句)」を過ぎた菊のことを指して『残菊/残る菊』という季語を使うのが一般的です。
【動物】:「残る虫(すがる虫)」など
手元の歳時記で特に充実していたのが【動物】の季語です。まず「春」に関しては『冬鳥』をテーマにした季語が殆どでした。
- 春の鴨:残る鴨
- 引鶴:残る鶴
- 白鳥帰る、白鳥引く:残る白鳥
- 海猫帰る:残る海猫、海猫残る
※「うみねこ」だけでなく「ごめ」と読む - 春の雁:残る雁
※5音の季語としては「かり」と訓読みする方が一般的か
大小、飛ぶ飛ばないまで含めて様々ですが、「鶴」や「白鳥」は冬のイメージが比較的強い部類でしょう。それが春まで日本に留まっているのですから、やはり「春の季語」となります。
「秋」については『残る燕』、「冬」には『冬鷺』が掲載されていましたが、春に比べて多いのが昆虫類です。昨今は、真夏の猛暑が酷く秋の涼しさでないと活動的にならないものも居て困りものですが、
- 燕帰る:残る燕
- 秋の蚊:残る蚊、後れ蚊、蚊の名残
- 秋の蝿:残る蝿、後れ蝿
- 秋の蛍、秋蛍:残る蛍
- 秋の蝉:残る蝉
- すがる虫:残る虫
- 冬鷺:残り鷺
「秋の蚊」についても、『残る蚊』や『蚊の名残』などとすると……刺された直後は痒くて溜まらないかも知れませんが(苦笑)、落ち着いてくる頃には多少“雅”に感じられるかも?
「蝉」に関しては、『ひぐらし』や『ツクツクボウシ』など秋を思い浮かべる種類もいますが、「蛍」が『残る蛍』となると更に夏の終わりを感じさせてくれます。
そして、「夏井いつきの一句一遊」で2023年秋に出題された『残る虫』についても簡単に補足しておきます。上にあるように、「蝉」や「蛍」は別の季語として立項されていることに鑑みると、『残る虫』で秋の終わりまで残っている虫 ←とは、「コオロギ類」など『秋に鳴く虫』のことのようです。
- 「蝉」は音が大きいため、初秋まで鳴き続けられると、他の虫の鳴き声は耳を澄ませないと聞かれない
- 一方、俳句の世界では「虫」単体でも季語になっていて、これはコオロギ、ウマオイ、鈴虫などの『虫のこえ』を愛でる秋の前半の鳴き声のこと
- そういった虫が盛んな季節には「虫時雨」や「虫集く」といった季語もありますが、晩秋(冬のすぐ迫った季節)には寒さに耐えられず『秋の虫』の声もあまり聞かれなくなってしまいます
- それでも冬が迫る中でも異性を求めて(?)鳴く『秋の虫』のことを『残る虫』と表現するのです
ですから間違っても(?) 蚊や蝿、Gなど皆さんの嫌いな虫が秋になっても出てきている……とか、まして死骸が放置されて『残る虫』などといった方向性で作句するのではなくて、
秋の終わりになってすっかり残暑もなくなった頃、冬も間近なのに最後の力を振り絞って『秋の虫』が異性を求めて、か細く鳴き続けている……といった雅な情景を思い浮かべながら、1句ないし3句ひねって頂ければと思います。
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