3冠達成を果たせなかった『春2冠』馬をまとめてみた(スターズオンアース追記)

【はじめに】
この記事では、13年ぶりに「3冠達成ならず」となった2022年の秋華賞を受けて、『春2冠』を達成したものの、3冠目を勝つことができなかった事例を振り返っていきます。

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参照したのは、日本語版ウィキペディアの「二冠馬」の記事です。過去の一覧表がシンプルで分かりやすかったので、それをそのまま引用しつつ、傾向を簡単に押さえていきたいと思います。

故障により出走を断念

古くから『夏越え』の難しさが語られてきた三冠路線ですが、半年弱(今でも4ヶ月半)の間に様々なアクシデントや悲運に巻き込まれ、3冠目への【出走すら叶わない】事例が幾つかありました。

牡馬:トウカイテイオー、ドゥラメンテなど8頭

まずは牡馬から見ていきますが、戦後70年あまりで8頭。時代による偏りはありますが、10年に1頭は居てもおかしくない事象という計算になります。

達成年馬名皐月賞東京優駿菊花賞備考
1951年トキノミノル1着1着不出走破傷風により菊花賞施行前に死亡
1952年クリノハナ1着1着不出走故障により菊花賞を断念
1971年ヒカルイマイ1着1着不出走屈腱炎で菊花賞を断念
1975年カブラヤオー1着1着不出走屈腱炎で菊花賞を断念
1981年カツトップエース1着1着不出走脚部不安で菊花賞を断念
1991年トウカイテイオー1着1着不出走骨折で菊花賞を断念
1997年サニーブライアン1着1着不出走骨折で菊花賞を断念
2015年ドゥラメンテ1着1着不出走骨折で菊花賞を断念

牡牝唯一、3冠前に現役死となったのが言わずと知れた『幻の馬』こと【トキノミノル】です。この馬を最後に、感染症による出走断念が起きていない一方で、『故障』による断念が目立つ様になります。

その翌年の【クリノハナ】は、秋緒戦のオープン戦が牝馬・タカハタとのマッチレース(2頭立て)となるも大差で敗れ、通算5連敗。秋の中山記念7着で脚を痛め、本番直前の故障で断念しました。

昭和の後半になり、【ヒカルイマイ】や【カブラヤオー】が削蹄ミスを要因とする説もある「屈腱炎」を発症。【カツトップエース】も当初は軽症との報道もされましたが、重症化し菊花賞を断念します。

時代が下って平成となると、【トウカイテイオー】、【サニーブライアン】、【ドゥラメンテ】の3頭が夏の段階で『骨折』が判明し1年近い休養もしくは引退を迫られてしまっています。それでも、ここ四半世紀(1998年以降)で1頭のみだと考えれば、こういった不幸が少ない時代だったかもですね。

牝馬:実はテスコガビーの1頭のみ

それに比して、牝馬三冠路線では、1975年の【テスコガビー】1頭のみとなります。桜花賞とオークスを戦後最強クラスの着差で勝ったこの馬も秋に怪我を重ね、それが悲劇の最期の遠因となりました。

オークスから4ヶ月後の9月17日早朝、ゲート練習中に右前球節挫創で9針も縫う重傷を負った。その後は順調でビクトリアカップを目標に乗り始めた10月29日の調教中、今度は右後脚を捻挫

テスコガビー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
達成年馬名桜花賞優駿牝馬3冠目備考
1975年テスコガビー1着1着不出走捻挫でビクトリアカップを断念

一方で、後述する2022年【スターズオンアース】も、『両前肢第1指骨剥離骨折』との診断をレース後に受け、出走が危ぶまれましたが(ぶっつけとはいえ)秋華賞に出走できています。どうも牝馬は故障があっても秋3冠目への出走しているケースがあるようにも感じました。

出走に漕ぎ着けるも敗戦

牡馬:8頭(距離延長の力負けだけでない敗戦たち)

戦後【シンザン】が初の三冠馬を達成するまでの約20年間で、菊花賞2着が2頭、そして直近では絶大な人気と支持を受けた2頭がまさかの大敗を喫する事例が続いていました。

「菊花賞」への出走に漕ぎ着けるも、距離が3000mに延長するため順調でも勝つのが容易でない舞台であるにもかかわらず、順調さを欠けば、当然「三冠」を達成するのはより困難となりましょう。

達成年馬名皐月賞東京優駿菊花賞備考
1950年クモノハナ1着1着2着
1953年ボストニアン1着1着2着
1960年コダマ1着1着5着無敗の二冠馬
1963年メイズイ1着1着6着
1970年タニノムーティエ1着1着11着
1992年ミホノブルボン1着1着2着無敗の二冠馬
2003年ネオユニヴァース1着1着3着
2006年メイショウサムソン1着1着4着

惜敗馬のうち、ボストニアンに勝った【ハクリヨウ】やミホノブルボンに勝った【ライスシャワー】のように、夏以降に力を伸ばし菊花賞の舞台で逆転した馬に負けるケースもあります。ネオユニヴァースやメイショウサムソン、古くはコダマのように3000mで力尽きる馬も珍しくありませんでした。

一方【タニノムーティエ】は11着と大敗していますが、(スタッフの反対を押し切って馬主の谷水信夫氏が用意した滋賀県での環境などの影響で発症した)『喘鳴症』が悪化する中での菊花賞出走でした。

また、【クモノハナ】や【メイズイ】のように『騎手の驕り』によって三冠を逃したケースも見過ごせません。もちろん昭和の時代と令和の時代では環境も違うでしょうが、緊張の極限状態にあるが余り、騎手などの人的要因で不幸にも三冠を逃すケースが(忘れた頃に)再発してしまうかも知れません。

牝馬9頭:近年はハードル下がるも……

牝馬の該当事例は牡馬以上に多く9頭。菊花賞時代に4頭、エリザベス女王杯時代に3頭、秋華賞2頭という内訳です。(↓)

達成年馬名桜花賞優駿牝馬3冠目備考
1952年スウヰイスー1着1着菊花賞2着オークスは秋(10月)開催
1954年ヤマイチ1着1着菊花賞3着
1957年ミスオンワード1着1着菊花賞10着無敗の牝馬二冠馬
1964年カネケヤキ1着1着菊花賞5着菊花賞はシンザンに敗れる
1976年テイタニヤ1着1着エリ女4着
1987年マックスビューティ1着1着エリ女2着
1993年ベガ1着1着エリ女3着
2009年ブエナビスタ1着1着秋華賞3着2位入線3着降着
2022年スターズオンアース1着1着秋華賞3着

そもそも、菊花賞を制した牝馬が戦中・戦後に1頭ずつしかいない点からして、菊花賞を制するというイギリスと同じ形での牝馬三冠は極めて難しいものでした。無敗の牝馬2冠を達成したミスオンワードですら10着と敗れています。

一方、1970年代以降は未経験でない距離での3冠目となり惜敗馬が増えます。そして1996年に秋華賞が2000mで3冠目として新設されると、距離的にも手頃となり、創設からの25回で三冠達成ならずは1頭(1996~2020年でブエナビスタ)のみでした。

2022年の【スターズオンアース】も、出負けして後方からのレースを余儀なくされますが、直線最後方からインを選択して力強く伸び差のない3着にまで迫った点で、骨折明けでありながら好走してます。一口に『三冠ならず』と言っても、馬によって様々なドラマが描かれてきたことを知って頂き、知らなかった馬のことを知るキッカケとして頂ければ幸いです。

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