中央競馬の「大差勝ち」についてまとめてみた

競馬の歴史を学ぶ

【はじめに】
皆さんこんにちは、Rxです。今日は2022年8月の『ヤマニンウルス』が達成して大きな話題となった競馬の「大差勝ち」について、時代ごとに纏めていきたいと思います。

日本競馬では、「10馬身」を超える大きな差について『大差』と定義されていて、2着以下に『大差』をつけて勝つことが『大差勝ち』とされています。滅多に誕生しないため、その圧勝劇は時代を超えて語り継がれています。マルゼンスキーやサイレンススズカの映像などは見たことありませんか?

早速、過去にどういったレースがあったのか振り返っていきましょう!(漏れや間違いがあれば、コメント欄でお知らせ下さい)

昭和前半:牝馬3頭が八大競走で大差勝ち

今回 参考にしたのが、私が以前書いた「G1級着差編」の記事です。(↓)こちらからどうぞ。

戦前(1930年代以降)の八大競走に限ると、以下の2例が記録されています。どちらも牝馬として東京優駿(日本ダービー)を制した戦前屈指の名牝で、しかも『大差勝ち』を記録したのが牡馬混合競走という破格ぶりを示しています。

  • 1938年 ヒサトモ 帝室御賞典(秋)
  • 1943年 クリフジ 京都農商省賞典4歳呼馬(現・菊花賞)

また、八大競走に関しては、1939年の「阪神優駿牝馬(オークス)」で、大差をつけて1位入線をした【ヒサヨシ】が興奮剤(アルコール)検出のため失格となったこともありました。

その他、八大競走に準じる特別競走クラスでいえば、1933年に【カブトヤマ】が現3歳秋の鳴尾開催で「農林省賞典」をレコード大差勝ちしたり、1939年に【スゲヌマ】が「横浜農賞」でテツモンやクモハタを相手に大差勝ちをしたりと、ダービー馬がその強さを発揮する優勝を遂げています。この他では、1940年の「阪神記念」を【トキノチカラ】(作家・菊池寛の所有馬)が大差勝ちし、次走の帝室御賞典を制しています。

そして、戦後に入ると、1947年の優駿牝馬を【トキツカゼ】が大差で制しています。牝馬ながら皐月賞を制し、東京優駿2着と活躍した同馬にとって牝馬限定競走に定量で挑めればといった所だったかとも思いますね。

昭和後半:テスコガビー、マルゼンスキーetc

そして、昭和の後半ともなると、映像が豊富に残され、実際にご覧になった方も多かったこともあり、G1級での『大差勝ち』に関しては神格化されて現代にも伝わっています。以下、ウィキペディアから。

2021年現在、国内のGI級競走において大差勝ちは一度も記録されていないが、グレート制導入以前の八大競走ならびに現在のGIに準ずる競走で数例記録されている。

1968年 天皇賞・春(優勝馬ヒカルタカイ、2着馬に17馬身差)
1975年 桜花賞(優勝馬テスコガビー、2着馬に1.7秒差=10馬身差強)
・1976年 朝日杯3歳ステークス(優勝馬マルゼンスキー、2着馬に13馬身差)

大差勝ち
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ヒカルタカイの天皇賞・春については、タイムで言えば「2秒8」差、着差でいえば17馬身とも18馬身とも言われています。これは八大競走史上でも最大の着差とされています。


そして、名実況として語り継がれる【テスコガビー】の桜花賞は、八大競走では直近の『大差勝ち』の例となります。これが1975年ですから、今からもう半世紀近く「八大競走での『大差勝ち』」が生まれていないことになるのは正直、意外かも知れないですね。

レースでは好スタートで早々に先頭を奪うと、もう他の馬はついていけなかった。直線では他の21頭を突き放すばかりで、2着のジョーケンプトンに1.9秒の大差を付けて1冠目を手にした。1600mの距離で争われる桜花賞では通常考えられない着差であり、桜花賞史上最大で後にも先にも例がない。

実況していた杉本清は直線半ばであまりにも大差がついたために「後ろからはなんにも来ない、後ろからはなんにも来ない、後ろからはなんにも来ない」と同じ言葉を3回繰り返して絶叫し、このフレーズは、当時の圧勝劇をよく伝える名調子として知られている。
杉本自身は「想像以上の大差でリードを伝える以外に言う事が無くなり、実際は苦し紛れであったため、失敗したと思っていた」が、視聴者からは好意的に受け止められていた。

テスコガビー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

そして、『ウマ娘』などを通じて現代にもその衝撃が語り継がれるのが、1976年の【マルゼンスキー】による「朝日杯3歳S」での『大差勝ち』でしょう。

2着の好敵手・ヒシスピードも3着以下に大きな差をつけているのですが、昭和時代に塗り替えられることのなかったレコードを打ち立て、13馬身もの大差をつけたマルゼンスキーの強さは「現代GIとして開催されている重賞での最後の『大差勝ち』」という偉業としても記録に残っています。

平成年間:平地重賞では21世紀に入って達成例なし

日本語版ウィキペディアを再び引用すると、平成年間でも平地重賞では『大差勝ち』の例があります。

競走馬の能力が伯仲する平地重賞競走での大差勝ちは少ないが、日本ではグレート制の導入(1984年より)ならびにダートグレード競走施行後(1997年より)の重賞競走において以下の例がある。

1987年 札幌記念
  (優勝馬フォスタームサシ 、2着馬に1.7秒差=10馬身差強)
1989年 弥生賞
 (優勝馬レインボーアンバー、2着馬に1.7秒差=10馬身差強)
1995年 エンプレス杯
 (優勝馬ホクトベガ    、2着馬に18馬身差)
・1997年 ステイヤーズステークス
 (優勝馬メジロブライト  、2着馬に12馬身差)
1998年 金鯱賞
 (優勝馬サイレンススズカ 、2着馬に11馬身差)

大差勝ち
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

このうち、1987年の札幌記念は昭和時代かつダート時代で、1995年のエンプレス杯は交流重賞です。平成年間の中央競馬の平地重賞に限ると、『弥生賞』、『ステイヤーズS』、『金鯱賞』の3例です。

レインボーアンバーは不良馬場をタフに走って大差勝ちを収めるも、皐月賞前に故障で春競馬を回避。しかし秋に復帰すると菊花賞で2着となるなど『大差勝ち』に恥じない活躍を見せました。

そして、メジロブライトに関しては、GIIIを2連勝し、クラシックでも全て掲示板圏内という実力を発揮した上で、斤量面でも有利だったステイヤーズSを選択し、約12馬身差の圧勝。ここでの見立てが翌年にハマり、堂々4連勝で天皇賞馬に輝くこととなりました。

1996.8.31函館3歳新馬芝1800m(良)1着-0.1
9.22函館すずらん賞OP芝1800m(良)2着0.2
10.19京都デイリー杯3歳SGII芝1400m(良)2着0.8
12.21阪神ラジオたんぱ杯3歳SGIII芝2000m(良)1着-0.3
1997.2.9東京共同通信杯4歳SGIII芝1800m(良)1着-0.1
3.16中山スプリングSGII芝1800m(稍)2着0.1
4.13中山皐月賞GI芝2000m(良)4着0.2
6.1東京東京優駿GI芝2400m(良)3着0.3
10.12京都京都新聞杯GII芝2200m(良)3着0.2
11.2京都菊花賞GI芝3000m(良)3着0.2
11.29中山ステイヤーズSGII芝3600m(重)1着-1.8
1998.1.25中山アメリカJCCGII芝2200m(良)1着-0.4
3.22阪神阪神大賞典GII芝3000m(良)1着0.0
5.3京都天皇賞(春)GI芝3200m(良)1着-0.3

中央競馬の平地重賞での直近例としては、圧勝劇として名高い【サイレンススズカ】の「金鯱賞」が挙げられます。これも1998年ですから今から四半世紀近く前ということになります。

前半1000mを58秒1で逃げ、後半を59秒7で上がり、2着のミッドナイトベットに1秒8の大差をつけて、1分57秒8のレコードタイムで逃げ切り勝ちを収めた。この時中京競馬場では、残り800m地点ではサイレンススズカが後続に10馬身以上の差をつけていたため大歓声が起こり、最後の直線に差し掛かったところでは拍手で迎え、馬主席にいた永井も観客と一緒に拍手していたという。

サイレンススズカ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1998.2.14東京バレンタインSOP1着武豊芝1800m(良)-0.7
3.15中山中山記念GII1着武豊芝1800m(良)-0.3
4.18中京小倉大賞典GIII1着武豊芝1800m(良)-0.5
5.30中京金鯱賞GII1着武豊芝2000m(良)-1.8
7.12阪神宝塚記念GI1着南井克巳芝2200m(良)-0.1
10.11東京毎日王冠GII1着武豊芝1800m(良)-0.4
11.1東京天皇賞(秋)GI中止武豊芝2000m(良)

現3歳時の成績からまだ半信半疑だった競馬ファンを唸らせ、GIでも通用することを確信させた金鯱賞は、色褪せることなき名レースとして知られていますが、これ以降、中央の平地重賞では『大差勝ち』を達成した馬はいません。

2003年の秋のG1戦線では9馬身差が立て続けに2レース生まれましたが、その上の『10馬身差』と『大差勝ち』の壁というのは極めて高いことがこれからも窺えます。


(参考)障害重賞における大差勝ち

ちなみに、ここまで触れてきませんでしたが、中央の障害レースでは『大差勝ち』が頻発しています。

大差勝ちとは勝ち馬からみて2着馬との着差が「大差」の場合を指し(勝ち馬以外でも1つ下位の馬との着差が「大差」となることもありうる。)、あまり頻繁に見かけられるものではないが競走馬の実力に大きな差がある場合や、障害レースなどで稀に見られる。

大差勝ち
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ウィキペディアでは「稀に」と書かれていますが、J・G1に該当する中山の春秋の大レースでは、1990年代を中心に『大差勝ち』はよくありました。中山大障害が春秋の年2回開催だった時代では、

1990年代:1992春、1993秋、1995春、1995秋、1996春、1996秋、1998春、1998秋

と4回連続を含む8回が記録されていて、名ジャンパー【ポレール】は中山大障害の3連覇のうち2度を『大差勝ち』で収めています。また、力量差や少頭数となることなども影響してか、平地では考えられないほどの大差がつくこともあり、具体的に言えば、

2着入線のシンボリモントルーはカラ馬のパンフレットにすら追い越され、シンボリクリエンスとの差は8.6秒。実に50馬身近い圧勝劇であった。

シンボリクリエンス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

シンボリクリエンスの8.6秒差(≒約50馬身)というのは空前絶後の大『大差勝ち』として知られています。障害レースではこういった圧勝劇が見られる可能性があり、障害競走の魅力の一つでもあります。

そして、21世紀に入り、J・G1として春が「中山グランドジャンプ」となってからは、以下4例です。

平地では21世紀になって誕生していない重賞以上での『大差勝ち』も、障害でも頻度は減ったとはいえ誕生しています。直近例としてはあの【オジュウチョウサン】のレコード更新の大差勝ちがあります。

令和時代:最大記録が更新されて再注目

そして、令和時代です。新馬・未勝利まで広げれば、毎年数回から十数回『大差勝ち』が誕生している訳ですが、今回は年ごとに目立ったレースをピックアップしていこうと思います。(全レースは断念)

開催日距離レース名着差勝ち馬主な勝鞍
19/07/27札幌T18002歳未勝利1.8秒ゴルコンダ未勝利
19/09/07中山D18002歳未勝利1.9秒シンプルゲーム黄菊賞(1勝)
19/09/28阪神D18003歳上1勝1.7秒ベストタッチダウン太秦S(OP)
19/10/12京都T20002歳未勝利2.5秒パンサラッサドバイターフ(GI)

令和元年東日本台風(台風19号)が直撃し、唯一開催された不良馬場の京都競馬。未勝利戦を2.5秒の大差で勝った【パンサラッサ】の活躍は皆さんきっとご存知でしょう。ロータスランド、アカイイトにデビュー2戦敗れて迎えた3戦目でのこの活躍が、ドバイターフでの優勝に繋がっていった訳ですね。


2020年は、7月に大差勝ちをした2頭が後にオープン以上を勝利。特にモントライゼヨカヨカに新馬戦で惜敗して迎えた2戦目を大差勝ちして、次走・小倉2歳Sはメイケイエールの2着。しかし、11月の京王杯2歳S(GII)ではロードマックスを抑えて重賞初制覇を果たしました。

また、8月の未勝利戦では【プライムデイ】がデビュー3戦目を3.1秒差の大楽勝。ルメール騎手の逃げの破壊力を感じさせるレースとなりました。

開催日距離レース名着差勝ち馬主な勝鞍
20/01/18中山D18003歳新馬2.0秒シェダル仲冬S(3勝)
20/06/14阪神JD31103歳上障害OP5.6秒ブレイクスピアー障害OP
20/07/05函館D24003歳上1勝2.3秒ヒロイックテイルブリリアントS(L)
20/07/12阪神T12002歳未勝利1.7秒モントライゼ京王杯2歳S(GII)
20/07/19函館D17003歳未勝利2.7秒ハギノリュクストルマリンS(3勝)
20/08/22札幌D17002歳未勝利3.1秒プライムデイ未勝利

そして障害では衝撃的な着差が出ました。障害オープンで2度2着のあった【ブレイクスピアー】が、逃げて着差を広げ「5.6秒差」の大圧勝。令和のみならず21世紀の中央競馬では最大級となりました。


2021年は新馬戦から何レースかピックアップしましたが、やはり目立つのは、キングカメハメハとミラクルレジェンドの娘【タヒチアンダンス】の3.3秒差でしょうか。また【コンシリエーレ】はカトレアSを勝った後、サウジダービー(GIII)と兵庫CS(GII)で連続3着という成績を残しています。

開催日距離レース名着差勝ち馬主な勝鞍
21/04/18新潟T2000福島民報杯1.8秒マイネルウィルトスGII2着2回
21/08/22新潟D18002歳新馬2.1秒コンシリエーレカトレアS(OP)
21/11/13阪神D18002歳新馬2.4秒ジュタロウ1勝クラス
21/12/18中山D18002歳新馬3.3秒タヒチアンダンス1勝クラス
21/12/25中山D18002歳新馬2.0秒アローワン新馬

そして、新潟開催となったリステッド競走「福島民報杯」は、ハンデ戦であるにも関わらず、何と大差勝ちが誕生。重賞で2着の実績を残している【マイネルウィルトス】が、準オープンを勝ち上がって初めてオープンクラスの競走に出走して掴んだ勝利が1.8秒差という圧巻の結果でした。

そもそもオープンクラス以上での『大差勝ち』は、前述のサイレンススズカの「金鯱賞」以来であると共に、平地オープン以上のハンデ戦では、1989年にフォスタームサシが勝った「札幌記念(ダートGIII)」以来となりました。


そして、2022年には歴史的な『大差勝ち』が2つも誕生しました。一つは障害、もう一つは平地です。

開催日距離レース名着差勝ち馬
22/01/08中山JD3200中山新春JS2.1秒フリーフリッカー
22/05/07新潟JT2890障害4歳未勝利5.1秒フォッサマグナ
22/08/20小倉D17003歳未勝利2.3秒モディカ
22/08/20小倉D17002歳新馬4.3秒ヤマニンウルス

まず5月の障害未勝利戦では【フォッサマグナ】が障害2戦目で「5.1秒差」を付ける大圧勝。1986年以降で7例目とされ、ブレイクスピアーに次ぐ令和での大差となり大きな話題となりました。

更に8月20日の小倉開催では1日に2度『大差勝ち』が誕生し、特に新馬戦での『大差勝ち』は、様々なエピソードと共に振り返られそうなレースとなりました。

  • ジャスタウェイ産駒【ヤマニンウルス】が1番人気に応えて新馬勝ち
  • 従来記録を0.5秒も更新する「JRA2歳レコード」という優秀なタイム
  • 今村聖奈ジョッキー、G1騎乗が可能となる31勝目を達成
  • 2着に付けた着差は「4.3秒」:1984年以降JRA平地最大着差

従来、1986年にツキノオージャが記録した「3.6秒」がグレード制導入以降のJRA平地最大着差とされてきましたが、それを大幅更新して4秒台に達した【ヤマニンウルス】の大圧勝は、多くの競馬ファンに衝撃を与えました。

ひょっとすると競馬歴が長い人程、この着差を、しかも31勝目を掴む女性ジョッキーが達成するというドラマに度肝を抜かれたのではないかと思います。まさしく、これからが楽しみになる圧勝劇だったと言えるでしょう。

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