【はじめに】
この記事では、日本競馬の海外遠征における大きな障壁となってきた「60日ルール」が2022年度より90日に延長されたことを受けて、選択肢が大きく広がった今、海外遠征でも注目されそうな海外重賞をまとめていきたいと思います。
90日に延長された「旧・60日ルール」ってそもそも何?
さて、冒頭、見出しから触れられている「60日ルール」の延長に関するニュース、幾つかのメディアを比較してみていきましょう。まずは、ラジオNIKKEIが2022年3月31日に発表した記事です。(↓)
これでもまだ簡潔になっている方なのですが、それでも非常に分かりづらい……です。そして、JRAのホームページも当たってみたのですが、プレスリリースが見当たらず、英語の記事も専門向けで今一つ分かりませんでした。そうした中で比較的読みやすく享受できるメリットも纏まっていたのがこちら。
◆「60日ルール」
( 同上 )
海外から輸入される馬には、輸入検疫10日、着地検査3カ月間が課される。ただし滞在期間や滞在先が一定の条件を満たした競走馬は、輸入検疫5日、着地検査3週間へと短縮される。従来は滞在期間が60日以内と定められていたが、今月から90日以内へ延長された。
「3か月を棒に振らなければならない」リスクを負って海外に長期滞在する。これまでの滞在期間では60日(≒2か月)以内だったものが、90日(≒3か月)以内となったのです。僅か1か月伸びただけと思う方もいらっしゃるかも知れませんが、
日本馬が毎年のように出走する凱旋門賞も、ローテーションの選択肢が増えると思います。「60日」だと、前哨戦は3週間前のトライアル(ニエル賞、フォワ賞、ヴェルメイユ賞)にほぼ限られます。……これが「90日」なら幅が広がります。イギリスのほかにアイルランドやドイツという手もあるでしょう。前哨戦だけでなく、凱旋門賞の後にアメリカのBCへ向かうこともできます。
( 同上 )角居勝彦元調教師 Thanks Horse(14) より
これを聞くだけでも夢が広がります。レース間隔が徐々に開いてきている令和競馬界において、自由度が増すことによるデメリットは……下記のとおり無くはないそうですが、期待感が増しますよね。
「60日ルール」は農水省が定めており、JRAが勝手に変えられるものではありませんでした。この改正は日本の競馬界にとってかなり大きなメリットがあると思います。
( 同上 )
一方で厩舎のスタッフが長期にわたって海外へ行きっぱなしになれば、国内に残ったスタッフへの負担が増すというリスクも出てくるでしょう。
ここ最近の海外遠征の時期選択の傾向
下表は極めて簡易的で恐縮ですが、日本馬がどういった路線を積極的に選んできたかを示すものです。
2011年から2022年春までにこの時期に遠征した日本調教馬(延べ頭数)を表していて、個別のレースというより、国名と時期によって分類しています。(※60日ルール考察に役立つと思ったからです。)
月 | アジア・オセアニア | 頭 数 | 欧米 | 頭 数 |
---|---|---|---|---|
1 | 米・ペガサスWCターフ | 1 | ||
2 | サウジカップデー | 22 | ||
3 | ドバイ(上旬) ドバイWCデー | 6 109 | ||
4 | 香港(Cマイル含む) | 21 | ||
5 | 米・3歳3冠路線 | 10 | ||
6 | 英・ロイヤルアスコット | 6 | ||
7 | 英・キングジョージ | 2 | ||
8 | ||||
9 | 仏・前哨戦 | 15 | ||
10 | 豪・コーフィールドC他 | 7 | 仏・凱旋門賞 | 19 |
11 | 豪・メルボルンC | 6 | 米・ブリーダーズCWSC | 12 |
12 | 香港国際競走 | 86 |
突出しているのは、「ドバイ」と「香港」で、最近は「サウジ」も増えてきている印象です。もちろん「凱旋門賞」も単体では20頭弱が参戦していて、その前哨戦ともいえる9月のレースに10頭ほどが参加してきました。
しかし、別の見方をすれば、これまでは「2つのブロック(≒2か月)」に連続挑戦するのが限度で、「3つのブロック」以上に跨って海外遠征する場合、一度帰国したりとかその後の春・秋競馬シーズンを棒に振ることを覚悟したり、引退を視野に現役生活を海外で終える工夫を求められてきました。これからは「2~3つのブロック」に跨っての海外遠征のハードルがグッと下がるのです。例えば、
こんな夢のローテーションが現実になる可能性すらあるのです。これで言うなら、真冬や真夏の遠征は今回のルール改正によって現実味が増したという訳なのです。
日本調教馬の「凱旋門賞」の前走
まず、日本馬が「凱旋門賞」に挑むまでの過程(前走)を纏めます。対象期間は2011~2021年です。
日本からのぶっつけ参戦はここ数年は案外と少ないです。そして若干気になるのは、国内から参戦するにあたって、「2400m以上」の良いステップレースがないことです。宝塚にしても札幌にしても、欧州より素早さが求められる上に距離も短いとなると流石に直結性に乏しい感じがしてしまいますね。
そして2020年の【ディアドラ】のナッソーSを除くと、日本馬の挑戦は以下の2レースに絞られます。
どちらも「舞台は同じ」なのですが、GIIですし少頭数ということもあって、「本番の適性」を図るには十分でないというのがここ数年での経験則です。なおかつ、レース間隔が日本馬としては短く、前哨戦で本領を発揮しすぎてしまって、疲れが残る中での本番参戦と感じてしまう面もあります。
真夏~初秋のヨーロッパの重賞路線
ところで、なかなか好走できていない日本馬ではなく、欧州の連対馬達がどの舞台を使ってきているかを改めて調べてみるとどうでしょうか。こちらです。
開催月 | 愛・英 | フランス | その他 |
---|---|---|---|
8月後半 | 英・ヨークシャーオークス ・2017 エネイブル ・2018 シーオブクラス ・2019 エネイブル | 米・ソードダンサーS ・2015 フリントシャー | |
9月前半 | 英・セプテンバーS(GIII) ・2018 エネイブル 愛・チャンピオンS ・2015 ゴールデンホーン ・2016 ファウンド ・2016 ハイランドリール ・2020 ソットサス ・2021 タルナワ | 仏・パリ大賞 2020 インスウープ | 独・バーデン大賞 ・2011 デインドリーム ・2021 トルカータータッソ |
9月後半 | 仏・ヴェルメイユ賞 ・2011 シャレータ ・2012 ソレミア ・2013 トレヴ ・2014 トレヴ 仏・フォア賞 ・2012 オルフェーヴル ・2013 オルフェーヴル ・2014 フリントシャー ・2017 クロスオブスターズ ・2018 ヴァルトガイスト ・2019 ヴァルトガイスト | ||
10月前半 | 仏・凱旋門賞 |
実は、2011年以降の連対馬は以上のレースからしか輩出されていない! という事実がまずあります。加えて、牡馬は「フォア賞」と「愛チャンピオンS」、牝馬は「ヨークシャーオークス」と「ヴェルメイユ賞」が圧倒的に好成績ということが言えるのです。
そしてもうひとつ言えるのは前走の距離。上に示したレースのうち「愛チャンピオンS」は芝10ハロン(≒2000m)戦ですが、その他は全て芝12ハロン(≒2400m)相当です。【エネイブルが使ったセプテンバーSも、オールウェザーコースですが、11ヤード219ポンドでほぼ12ハロン。】 こうしてみると、
こういった風な感じを受けました。そして、日本馬が国内からぶっつけで臨む場合、凱旋門賞の前に「2400m以上」の主要なレースが無いというのも一つのウィークポイントなのかと感じました。
日本馬の新たな選択肢(欧州編)
欧州馬の活躍時期からして、「フォア賞」などの3週間前のパリロンシャン競馬場での前哨戦を使って「凱旋門賞」に挑むのも、これからは『選択肢の一つ』となります。これまでの『長期遠征でない場合のほぼ唯一の選択肢』だったものと比べると雲泥の差です。
確かに本番と同じ舞台で戦える点や、日本馬と相性の良いレースである点、そして遠征期間が短く済む点などはありますので、この路線を否定する訳ではないですが、やはり他の選択肢も視野に入ります。
例えばイギリスだと、
- 7月下旬:
英・キングジョージ6世&クイーンエリザベスS(宝塚よりもこっちか) - 8月下旬:
英・ヨークシャーオークス(3歳牝馬なら札幌記念などよりこっちか)
などが日本馬にとっても馴染みがあって距離的にも向いていて、レース間隔も確保できます。また、
- 9月前半:愛・アイリッシュチャンピオンS
(距離は短く、レース間隔も狭いが、本番での活躍歴多数、
中距離馬が一発逆転で欧州を経験させるなら有力な選択肢)
アイルランドのこちらも有力な選択肢の一つとなりましょう。そして、賞金が少ないという現金な弱点があるものの、2400m戦が充実しているドイツ競馬が無視できないことは、2021年の【トルカータータッソ】で皆さんも痛感されたことと思います。
そして、ヨーロッパ国内でもやや強引に考えれば、7月14日の「パリ大賞」から間隔をあけて凱旋門賞に挑むというパターンすら可能性はゼロではないのです。案外こういう方が今の日本馬には合っているとすら思えてきます。『天皇賞(春)→ パリ大賞 → 凱旋門賞』みたいなのも夢が広がりますねww
日本競馬の新たな選択肢の要望
そして、日本競馬(JRA)の番組表においても、結構なアイデアがSNS上などに寄せられています。非現実的なものの代表格としては、
- 「札幌記念」をGIに昇格させて、「凱旋門賞」の前哨戦の位置づけにする だの、
- 札幌競馬場の洋芝をヨーロッパ競馬に合わせることで、本気で取りに行く だの、
がありますが、流石に非現実的というのが正直なところです。もちろんこれが実現したら、日本競馬のバラエティも広がって面白そうとは思うのですがねww
また、例えば、「宝塚記念」などの距離を見直したり、「ジャパンC」を初夏開催にしたりなど色々と個人の妄想は広がるのですが、やはり今まで培ってきた歴史の流れの中で「開催距離」というのは重みがありますので、それを簡単に変えてしまうのには抵抗感が根強いかと思います。
しかし、今回気づいたこととして、夏の国内に一流馬が出走できる「芝2400m以上」の選択肢が皆無というのは由々しき事態かと思いますので、そこを一つ考えていきたいと思います。
こういったレースを1つ(ないし2つ)設ける事で、夏競馬の注目度も大きく増すのではないかと期待しています。敢えて妄想全開で一案を示しますと、
場合によって、(地元の反対がなければ)「函館記念」をこの条件で昇格させるのも手かと思います。極力、現在の枠組みの中で何とか現実的に有り得そうなラインを考えてみました。こういうのも面白いですよね。
他にも、例えば「目黒記念」を最終週の時期にもってくるとか、2400m以上のレースを夏に配置するという工夫が必要ではないかと思います。「スプリント」や「サマー2000」を充実させるならば、いっそ「サマー2400」というのも手ではないかと思うほど(2戦あれば十分なので)です。
何か以上の議論が、現実に反映され、未来につながれば一競馬ファンとして嬉しいです。
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