時間帯ごとの代表的な地震(と被害)について振り返ってみた

【はじめに】
この記事では、時間帯ごと(3時間刻み)で代表的な「震災(地震とその被害)」を取り上げ、時間帯ごとの特徴と注意点をざっくり抑えていきたいと思います。

時間帯はあまり細かく区切り過ぎても意味が薄まるので、気象庁の「天気予報等で用いる用語」から、『1日の時間細分図』を参考に3時間刻みとしています。
なお当日の天候や地域的特性、季節などによって大きく異なりますし、もちろん地震の揺れや二次災害による影響は一概に言えないものですから、あくまでシミュレーション時の参考程度でお願いします。

明け方(3~6時):阪神・淡路大震災

夜型の人間が増えた現代においても、明け方は、「最も自宅で就寝」している割合が多い時間帯です。

3時台で言うと、2018年の「北海道胆振東部地震」や2011年の「長野県北部地震」、4時台では2003年の「十勝沖地震」などが発生し、就寝時の予期せぬ強烈な揺れに多くの住民が困惑しました。

そうした明け方に起きた中で、最も甚大な被害となったのが「兵庫県南部地震」です。

  • 当震災では断層沿いに被害が集中して被災地域が狭かったものの冬季の早朝に発生し、自宅で就寝中の者が多かったため主に圧死で6千人を超える死者を出した。
  • 発生時刻が冬季の早朝であったため、公共交通機関・道路の利用率が少なく(山陽新幹線の下り列車は新大阪発6時始発)、外出者も少なかったことで、市街地・自宅外での被害を抑えられた。それに伴い、多くの市民が自宅での被災だったため帰宅困難者などが発生しづらく、安否確認が比較的容易な状況であった。
  • 多くは木造家屋が倒壊し、家屋の下敷きになって即死したとみられる。特に1階で就寝中に圧死した人が多かった。
    2階建て木造住宅の場合、「(屋根瓦と2階の重みで)1階の柱が折れて潰れるケース」が多かったが、建物が倒壊しても2階の場合は生存のスペースが残りやすく、死者は少なかった。

地震が起きた瞬間に就寝していて、最も強い揺れで翻弄されて避難も間に合わないことによって被害が拡大したのが「阪神・淡路大震災」の特徴でした。前日が祝日だったことや、日の明けるのも遅い1月に発生したことも影響したと分析されています。

「阪神・淡路大震災」は21世紀に向けての地震災害への備えの原点となったような災害です。ここから得られた教訓は多く、その後の震災の被害を小さくすることに繋がった側面もあると思います。但し、この明け方の時間帯に自宅などで被災する危険性があることを再認識して、特に就寝場所に対する備えは、今も変わらず必要だという風に感じますね。

朝  (6~9時):大阪府北部地震

「阪神・淡路大震災」から23年後の2018年6月18日、大阪府北部が、約四半世紀ぶりに強烈な揺れに襲われました。「大阪府北部」を震源とする地震です。

  • エレベーターの停止が長期化し、生活への影響が深刻になっている。ビル設備管理大手2社が把握しているだけでも計約3万4000基が停止した。
  • 高槻市では、寿栄小学校のプール沿いのブロック塀が倒れ、登校途中の小学生が下敷きになって死亡した。
  • 地震発生当日は大阪府を中心とした関西地方の多くの交通機関が運転を見合わせたため、多くの帰宅困難者が発生、新淀川大橋は徒歩で帰宅する人で埋まった。

最も印象的だったのが、上記ウィキペディアにもある通り、登校途中の小学生が通学路にあるブロック塀の下敷きとなった事象です。これは「ブロック塀」の安全性だけに限った話しではなく、都市生活に抱えるリスクが顕在化した事例だと感じました。

上記ウィキペディアの記述も参考にすれば、「阪神・淡路大震災」で発生した阪急伊丹駅の全壊や阪神高速道路の倒壊のような事象が、仮にあの地震が通勤ラッシュ時に発生していたら、また違った大災害に発展していた恐れがあったことも想定して今後に備えなければならないと感じます。

昼前 (9~12時):関東大震災

気象庁の天気予報などでの表現を借りれば「昼前」となる午前中の時間帯。今でも語り継がれるのが、午前11時58分の台風一過に発生し、史上最悪の被害をもたらした「関東大震災」でしょう。

「地震が起きたらまず火を消す」という教訓は、平成時代まで語り継がれました(今は自動で火が消える機能のついた台所周りの設備や家電も増えてきているので、古いままで情報が止まっている方を除いて基本的には揺れている間の避難行動を優先するよう変わっている点は知っておいて下さい。)

  • 東京の火災被害が中心に報じられているが、被害の中心は震源断層のある神奈川県内で、振動による建物の倒壊のほか、液状化による地盤沈下、崖崩れ、沿岸部では津波による被害が発生した。
  • 地震の揺れによる建物倒壊などの圧死があるものの、強風を伴った火災による死傷者が多くを占めた。
  • 地震の発生時刻が昼食の時間帯と重なったことから、136件の火災が発生した。大学や研究所で、化学薬品棚の倒壊による発火も見られた。

昼過ぎ(12~15時):東日本大震災

昼を過ぎると、平日であれば年齢の若い子たちから徐々に帰宅の時間帯が近づきます。仮に授業がまだ残っていたとしても、大地震が発生すればそれを打ち切り、集団下校などになることが一般的です。

2011年に「東日本大震災」が起きたのは午後3時前であり、津波が東日本を襲ったのは午後3時台で、ちょうど午後の授業が一段落を迎える頃だったと記憶しています。

  • この地震により、場所によっては波高10メートル (m) 以上、最大遡上高40.1 mにも上る巨大な津波が発生し、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害が発生した。
  • また、巨大津波以外にも、地震の揺れや液状化現象、地盤沈下、ダムの決壊などによって、北海道南岸から東北地方を経て東京湾を含む関東南部に至る広大な範囲で被害が発生し、各種インフラが寸断された。

巨大津波が押し寄せる災害ばかりではないですが、子供たちの安全を臨機応変に守ることの難しさと重要性が非常に高い時間帯だと感じます。

一方で、東日本大震災の時の「津波」の来襲についてもそうでしたが、火災や津波、液状化現象、家屋の倒壊といった事象を明るい時間帯なので「目視」しやすく、夜間に比べれば危険を察知しやすいという特徴もあります。

夕方 (15~18時):新潟県中越地震

「昼前」のような火災への恐れと、「朝」のような(学生を中心とした)帰宅時間の始まり、そして「夜」に近づき暗くなり始める時間帯。『どうせもうすぐ夜だし避難は面倒……』みたいなバイアスも掛かる「夕方」は、被害を思いの外広げてしまう恐れがあり、やはり警戒が必要です。

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避難するにしても、避難せずに自宅や車中泊をするにしても、2004年10月23日の午後5時56分に起きた「新潟県中越地震」を見ても明らかなように、最初の揺れだけでなく、その後の度重なる余震の他、二次災害による被害拡大も想定しなければなりません。

夜  (18~21時):明治三陸地震

下の地震でも触れましたが、「失敗知識データベース」にもあるとおり、『もう夜も遅いし、避難しなくて良いか』みたいなバイアスが掛かった結果、被害が拡大することが夜の災害の恐怖でもあります。

言い方を変えれば、夕方や夜の災害は『まだ避難の余裕がある』と考えやすい時間帯かも知れません。『明るいうちに避難しておけばよかった』とならないよう迅速な行動を心がけましょう。

現代と環境が全く違うとはいえ、大きな揺れでなかったことで避難が進まず、巨大津波が来襲していることに(夜だったため)襲われるまで気づかなかったために被害が拡大した「明治三陸地震」の様に、夜だから被害が拡大したと思われるケースも歴史上少なくありません。

もし仮に、あの2011年の「東日本大震災」が夜間に起きていたら、高台に避難しなかった人も増えたでしょうし、後ろから津波が迫ってきていることに気づかず逃げ遅れる人も出てきたものと想像します。百年以上前の事例ですが、人間の思考はそこまで劇的に変化していないでしょうから、参考にするべきだと思います。参考にしていきましょう。

夜遅く(21~24時):福島県沖地震

気象庁の分類では「夜遅く」と表現される21~24時は、個人的な印象としてはここ数年、強烈な揺れを伴う地震が多く発生している印象の強い時間帯です。例えば、

など、平成から令和にかけての約30年間だけで、こういった強烈な地震が起きています。そして、顕著な被害が出た地震とまでは言えないかも知れませんが、直近で印象深いと思われるのが、2022年3月に起きた「福島県沖」の地震でしょう。

  • この地震により、3人が死亡(うち災害関連死が1人)・245人が負傷し、2万棟以上の住家が被害を受けた。東北新幹線では営業中の車両が脱線事故を起こすなど、甚大な被害が発生した。

関東の広域が停電し、終電間近の首都圏の交通網が麻痺。エレベーターなどの閉じ込めや、スマートフォンのバッテリー切れなど様々な混乱が生じやすいのがこの時間帯です。また、大災害で建物の倒壊や落下物の散乱する中で余震が続いた「熊本地震(1回目の震度7)」が顕著なように、避難するにも、その場に留まるにもリスクが伴う点は看過できないかと思います。

未明 (0~3時):熊本地震

そして、日付変わって「未明」となると、多くの方が就寝することとなります。眠いの深い時間帯に、まるで『虚を突く』かのように発生したのが、2016年4月16日の午前1時過ぎに起きた「熊本地震(本震)」でした。

  • 一連の地震で、倒壊した住宅の下敷きになったり土砂崩れに巻き込まれるなどして熊本県で合計50人の死亡(直接死)が確認されている。
  • このうち、14日の前震から本震前の15日までには益城町と熊本市で計9人の死亡が確認されていた。熊本市によると同市内の病院には14日23時ごろ時点で、地震で重軽傷を負った70人以上が運ばれていた。

14日の午後9時過ぎに最初の震度7の地震が発生し、その晩は避難所などに身を寄せた人も多かったのですが、15日の午後は地震活動が落ち着いていたので、15日の晩は自宅に戻って就寝するという行動を取った人も少なくありませんでした。

建物が烈しい揺れで大小の被害を受ける中で、2度目の震度7を観測したことで全壊などの家屋被害が散見されたほか、家具などの転倒、ガラスなどの破損は震源付近ではほぼ全ての家屋で見られました。

  • 死者50人のうち、37人は家屋の倒壊、10人は土砂災害、1人は火災、1人は塀の下敷きになったことによる死者だった。
    家屋倒壊死37人のうち、7人は前震で、30人は本震で死亡している。また、土砂災害による死者10人はいずれも南阿蘇村で被災している。

ちなみに、熊本地震では、実際には観測されなかったものの「津波注意報」が出され、注意が促されていましたが、激烈な揺れと停電によってその情報が伝わらなかった方が大半だったといえます。
注意報クラスであれば大災害には至らないかとは思いますが、仮にこれがより大きな被害をもたらすものであったならば、情報の入手手段というものも確保することが重要になってくるでしょう。

「熊本地震」は、東日本大震災後の内陸地震として教訓とするべき被害が多く認められた地震でした。深夜の地震の怖さを知る上で、改めて振り返ると良いかも知れません。

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