ウィキペディアで学ぶ「日本馬による世界レコードの歴史」【イクイノックスのR1.55.2まで】

【はじめに】
2023年は芝中距離路線において、日本競馬で2つの世界レコードが誕生したと見做されています。1800mのマスクトディーヴァ(R1.43.0)と2000mのイクイノックス(R1.55.2)です。

日本競馬が今のように海外に伍する力が無いとされていた20世紀でも幾つかのレース・距離で「世界レコード」と見做されるような破格のタイムがこれまでも記録されてきました。その流れは2010年代以降に加速し、芝コースでは短距離を除き各主要距離で日本馬が記録を塗り替えるような事態となっています。そこで今回は、ウィキペディアに『世界レコード』などと記載されている好時計を振り返り、これまでの日本競馬の足跡を振り返りたく思います。

なお『世界レコード』などとネット上で話題になることはありますが、ウィキペディアの各記事で補足されているとおり、『あくまでも推定のもの』であり、『公式に認定する組織があるわけでもない』点は予めご了承ください。

そして、『世界レコード』を日本語で検索した時に欠かすことの出来ない記事といえば、『うみねこ博物館』さんの『世界レコード一覧表 【芝部門】改良超最新Ver.』及びダート部門の記事かと思います。

※正直、日本語版ウィキペディアは上の記事を出典を明記せずに書いているのではないか? とすら思ってしまうのですが……。 ひとまず今回は上記記事を参考にさせて頂いたことを宣言した上で、上の記事が『やや海外より』だったり、『国内はトリビアに重点』が置かれているように感じていたので、それを補う目的も込めて起稿した次第です。

なお、うみねこ博物館さんの記事では『世界レコード』とされているものの、ウィキペディアに『世界レコード』と明記されていないものとして、

R2.28.2:2019年・目黒記念 ルックトゥワイス

R2.05.9:2001年・ジャパンCダート クロフネ

この2つの記録について、初めて触れておきたく思います(なお、クロフネは旧・世界レコード)。

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芝1600m:ノームコア → トロワゼトワル ほか

R1.30.7:2012年 京成杯AH レオアクティブ

使い詰めてきたこともありNHKマイルカップ後は休養にあて、休養明け緒戦は新潟の朱鷺ステークス。いつもどおりの後方からの競馬で最速の上がりで久々の勝利をあげる。 続く京成杯オータムハンデキャップでは前走の勝ちっぷりから2番人気におされた。レースではいつもどおり中団から後方待機から直線で鋭く内から脚を伸ばすと、先に抜け出していたスマイルジャックを交わし、2歳時の京王杯2歳ステークス以来の重賞2勝目を挙げた。なお、勝ちタイム1分30秒7はJRA初の1分30秒台であり、2012年10月時点での世界レコードである。

レオアクティブ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

R1.30.5:2019年・ヴィクトリアマイル ノームコア

中山牝馬ステークス7着を経て迎えたヴィクトリアマイルではクリストフ・ルメールが騎乗停止のためオーストラリアのダミアン・レーンに乗り替わった。レースはアエロリットが前半の1000m56.1のハイペースで逃げる中、中団くらいを追走して直線は馬場の真ん中を追い込んで迫るプリモシーンを振り切ってゴール。騎乗したダミアン・レーンと共にGI初制覇を飾った。さらに勝ちタイム1:30.5は2012年京成杯オータムハンデキャップレオアクティブが記録した1:30.7を0.2更新する芝1600mの世界レコードとなった。しかし、レースの3日後に骨折が判明し戦線離脱となった。

ノームコア(競走馬)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

R1.30.3:2019年・京成杯AH トロワゼトワル

フェアリーステークス以来の重賞出走となった京成杯オータムハンデキャップでは後続を引き離して逃げると、直線に入っても後続に影を踏ませず、2着ディメンシオンに3馬身半差をつけて快勝した。勝ち時計1分30秒3は同年のヴィクトリアマイルノームコアが記録した1分30秒5を0秒2更新する世界レコードだった。1000mの通過タイムは一般的には速いとされる55秒4であったが、当日は開幕週で非常に速い時計が出やすい馬場状態になっており、騎乗した横山典弘は「体内時計がしっかりしたジョッキーには速いペースですが、馬場を考えると、そこまで速くないです」と笑顔で語った。

トロワゼトワル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

芝1800m マスクトディーヴァ

R1.43.0:2023年 ローズS マスクトディーヴァ

約3か月の休養を挟み、9月17日に初の重賞挑戦としてローズステークスに出走。中団から鋭く脚を伸ばして先頭に立つと、後方から追い上げてきたブレイディヴェーグに1馬身半差をつけ勝利するとともに、勝ち時計1分43秒0は阪神芝1800mのコースレコードを0秒9更新した。ちなみに、このレコードタイムは1991年10月20日にコストロマがサンタアニタパーク競馬場で叩き出した世界レコードを0秒4更新する世界レコードとなった。

マスクトディーヴァ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

芝2000m イクイノックス

R1.55.2:2023年・天皇賞(秋) イクイノックス

10月29日、予定通り天皇賞(秋)に出走。好スタートを切ると前半1000mを57.7秒で逃げるジャックドールを追う形で先頭から3番手を追走。最後の直線に入ると先頭を走っていたガイアフォースを並ぶまもなく交わすと、最後に追ってきたジャスティンパレスの追撃も振り切りって勝ち時計1分55秒2というレコード記録で勝利。GI5連勝、史上3頭目となる天皇賞(秋)連覇を達成した。ジャックドールによる前半1000m通過57.7秒という数字は、前年(2022年)のパンサラッサの大逃げによる同57秒4とコンマ3秒しか違わず、前年度と同じように全体的にタフな流れであった。前年と同じようなレース展開に対して、イクイノックスは、昨年は中団馬群の後方から追い込み勝利したのに対し、今年はジャックドール、ガイアフォースの後ろの3番手でレースを進めた。イクイノックスが直線半ばで先頭に立ったのと対照的に、直後にいたドウデュース(7着)やヒシイグアス(9着)らは失速し後方へ下がった。2着のジャスティンパレス、3着のプログノーシスは最後方にいた2頭であり、本来は典型的な追い込み決着となるはずであったレースにおいて、イクイノックスだけが先行して勝利したことから、よりイクイノックスの強さが際立つレースとなった。このレースの進め方に関して、鞍上のルメールは「イクイノックスの(背中の)上だと普通のペース。彼は跳びが大きくて、スムーズな走り方をする。全然力を使っていないから、3番手でもオーバーペースだとは思わなかった」と述べ、イクイノックスにとってこの度のレースは通常通りの走りであったことが説明された。

また走破タイム1分55秒2は、1999年にクリスタルハウスがチリで記録した1分55秒4を上回り、広く「世界レコード」更新と認識された。

イクイノックス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

芝2400m アーモンドアイ

R2.22.21989年・ジャパンC 2着:オグリキャップ

ニュージーランドのホーリックスと並ぶ「2分22秒2」を記録したオグリキャップ。長距離ではなく、クラシックディスタンスで世界に伍するタイムを刻めたことは、(高速馬場への功罪こそあれ、)平成の日本競馬を予見させる死闘・惜敗だったように感じます。

レースは、日本の観客の大歓声におびえて暴走気味に逃げたイブンベイにホークスターが競りかけて行った事から、1800mおよび2200mの地点を当時の日本レコードを上回るタイムで走破と言う非常に早いペースで推移した。

優勝タイムの2分22秒2は当時の日本レコード且つ世界レコードであった。このタイムは、2002年に東京競馬場が改装に着手するまで12年以上、コースレコードとして君臨し続けたため、競馬新聞などのコースレコード欄に長く記載された。そのため、実際のレースを見たことがなくてもホーリックスの名を知っているファンが多い。

第9回ジャパンカップ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

R2.20.62020年・ジャパンC アーモンドアイ

また、走破タイム2分20秒6は、2005年のジャパンカップにてアルカセットが記録し、ジャパンカップレコードおよびコースレコード、日本レコードである2分22秒1を1.5秒更新。1999年のアルゼンチン・カルロスペレグリーニ大賞(G1)にてアシデロが記録し、芝2400メートルの世界レコードと認識されていた2分21秒98を1秒以上更新した。(競走に関する詳細は、第38回ジャパンカップを参照。)

アーモンドアイ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

芝3000m トーホウジャッカルほか

メートル法の3000m(≒15ハロン)のG1・G2格の競走が世界に珍しくなったこともあってか、恐らく日本競馬が最初期に『世界レコード』を叩き出していたという可能性があるのが、この芝3000mです。

R3.05.4:1982年・菊花賞 ホリスキー

秋は菊花賞を目標に神戸新聞杯から復帰、日本ダービー優勝馬のバンブーアトラスを3着に退け、逃げ切りでの勝利を収めた。続く京都新聞杯(菊花賞トライアル)では初めて道中2番手に控えると、直線で抜け出して優勝した。重賞2連勝と、前走のレース振りから2番手以下に控えるレースも可能になったと見られ、迎えた菊花賞では1番人気に支持された。レースではスタートから先頭を奪うと、1000m通過59秒5というハイペースで、後続を10馬身以上引き離す大逃げを打ったが第3コーナーで急激に失速し、15着と惨敗した。カムイオーのハイペースに引っ張られ、優勝馬ホリスキーの走破タイム3分5秒4は芝3000mの世界レコードタイム(当時)となった。

ハギノカムイオー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

R3.05.0:1992年・菊花賞 ライスシャワー
R3.04.7
1993年・菊花賞 ビワハヤヒデ
R3.04.6:1994年・菊花賞 ナリタブライアン

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R3.03.2:1998年・菊花賞 セイウンスカイ

11月8日に迎えた菊花賞では、セイウンスカイは単勝4.3倍の2番人気に支持された。レースは5分のスタートから気合をつけてハナに立つと、馬の行く気に任せて前半1000メートルを59秒6という暴走ともいえるハイペースで進んだ。中間の1000メートルで64秒3と一気にペースを落とし、2週目の坂の下りから早めのスパートを仕掛けると、セーフティーリードを保ったまま最後の1000メートルを59秒3で駆け抜けて、スペシャルウィークを3馬身半離して勝利した。3000メートルの長丁場を逃げ切るのは至難の業であり、菊花賞の逃げ切り勝ちは1959年ハククラマ以来39年ぶりのことであった。また、このときの優勝タイム3分3秒2はレースレコードであり、当時の3000メートルの世界レコードでもあった。

セイウンスカイ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

R3.02.8:2000年・ドンカスターS タガジョーノーブル

[注13]2000年ドンカスターステークスでタガジョーノーブルによって更新された(筆者注:勝ちタイム……3分02秒8)

( 同上 )

R3.02.5 2001年・阪神大賞典 ナリタトップロード

2001年も的場騎乗で京都記念に出走するも、マックロウの3着に敗れ、続く阪神大賞典からは的場が騎手を引退したこともあって渡辺薫彦が鞍上に復帰して出走。このレースでは3分2秒5の芝3000m世界レコードで2着エリモブライアンに8馬身差をつけて圧勝し、菊花賞以来となる勝利を収めた。

ナリタトップロード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

R3.01.0 2014年・菊花賞 トーホウジャッカル

2001年の阪神大賞典にてナリタトップロードが記録した3分2秒5を1.5秒更新する日本レコード。このナリタトップロードの記録は、参考記録ながら世界レコードと広く認識されており、同時更新と相成った。

トーホウジャッカル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

芝3200m ディープインパクト → キタサンブラック

R3.13.4:2006年・天皇賞(春) ディープインパクト

三冠馬の翌年春の天皇賞勝利は1985年のシンボリルドルフ以来2頭目であり、勝ち時計の3分13秒4は芝3200mの世界レコードタイムで、1997年(平成9年)の第115回天皇賞においてマヤノトップガンが記録した3分14秒4のレースレコードを1秒更新した。

ディープインパクト (競走馬)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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R3.12.5:2016年・天皇賞(春) キタサンブラック

そしてキタサンブラックは、前年を2.8秒上回る3分12秒5で走破していた。また、2006年ディープインパクトの3分13秒4も0.9秒上回って、中央競馬レコードを大幅に更新していた。この日の京都競馬場は、高速決着の傾向ではあった。しかし有吉正徳は「それを差し引いても、天皇賞の新記録は驚異的」だったと評している。北島は「レコードを出すのは私の仕事」だと述べていた。

キタサンブラック
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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