【はじめに】
この記事では、タイトル通り「牝馬がしばらく勝てていない中央競馬の平地重賞」を纏めていきます。
競馬歴史上、『ウオッカの日本ダービー制覇』や『ダイワスカーレットの有馬記念制覇』は偉業として称えられてきましたが、他にも「牝馬がしばらく勝てていない」、あるいは創設以来「数十年間一度も牝馬が勝てていない」レースがあります。
パターンごとに幾つかランキング上位となるような伝統ある重賞をまとめましたので、共に学んでいきましょう!
創設以来、牝馬が勝てていない重賞
1位:(1953年~)「阪神大賞典」
創設以来という観点で手元集計で最長そうなのが「阪神大賞典」です。1953年(昭和28年)に年末の中距離重賞として創設。当初は有馬記念に出走しない関西の重賞級の馬が挑むレースとして開催され、キーストンが非業の死を遂げた昭和40年代には3000m級の長距離重賞となりました。
1987年から3月開催となり春の天皇賞の前哨戦といった存在となりますが、牝馬が勝てていない状況は実に70年以上変わっていません。
2位:(1964年~)「弥生賞ディープインパクト記念」
3歳限定戦では「弥生賞(ディープインパクト記念)」が60回ほどとトップです。そもそも昭和時代も「桜花賞」が関西で行われることもあり、敢えて「弥生賞」を選ぶ牝馬が少なかったことは間違いないでしょう。
そのうえ、牡馬牝馬でトライアルが充実していった上に、阪神1600mの桜花賞が最優先目標となる3歳牝馬が敢えて中山2000mを使うインセンティブもないためか、近年はそもそも全く牝馬が出走しないこともあって、記録はしばらく伸び続けるのではないでしょうか。
3位:(1967年~)「共同通信杯」
創設当初は「東京4歳S」といい、トキノミノル記念という副題がつき、「共同通信杯」となって現代に至る本競走。スーパーG3の印象が強いこのレースも実は牝馬が半世紀以上勝てていません。
改めて思い起こされるのが第9回(1975年)でしょう。女傑・テスコガビーをカブラヤオーがクビ差・退けたあのレースは今でも語り草となっています。もしあそこでテスコガビーが勝てていたら、無敗での桜花賞・大差勝ちというさらなる偉業となっていたかも知れない……のですが、それに加えて、史上初の共同通信杯を制した牝馬となっていたかも知れなかったのです。
4位以下:武蔵野Sはギルデッドミラーが解消
4位以下でめぼしいところをリストアップしました。30年近く勝てていない平地重賞としては、
- 4位タイ(1994年):「青葉賞」、「マーチS」、「平安S」
があります。なお、「ホープフルS」は当初の『ラジオたんぱ杯3歳牝馬S』まで遡ると1990年のイソノルーブルがいますが、牡馬混合戦となってからは牝馬の優勝例がなく、これを含めるとこれが4位相当となります。
また交流競走を含むと、「ジャパンダートダービー」が1999年の創設から2023年まで四半世紀、牝馬が勝てておらず、G1/Jpn1の中では恐らく最長かと思われます。
直近で解消された例としては1996年に創設された「武蔵野S」があります。2022年にギルデッドミラーがダート転戦3戦目で重賞初挑戦初制覇を遂げ、あのレモンポップに土をつけたことでも話題になった勝利ですが、実は「武蔵野S」の創設以来の牝馬連敗を”26″でストップした偉業でもあったのです。
長期間(35年以上)牝馬が勝てていなかった重賞
ギルデッドミラーの「武蔵野S」のように、実際に『止まった』事例を振り返ってみると、40年以上というものが幾つか見当たりましたので振り返っていきます。
1位:64年ぶり(1943~2007年)「東京優駿」
昭和中期まで「優駿牝馬(オークス)」が秋に行われていた時代には、牡馬と牝馬を交えての現3歳チャンピオン決定戦だった「東京優駿(日本ダービー)」。1943年に女傑・クリフジが優勝してからは、時代の移ろいと共に挑戦する事例自体が減っていった牝馬のダービー挑戦。
塩原アナウンサーが『なんとなんと64年ぶりの夢叶う!』、『2歳女王はなんと牡馬を交えての3歳の頂点へ!』という実況がその偉業を印象付けましたが、この”64年”というのは全体として見てもかなり長い期間です。対して、『○年ぶりの牝馬の優勝』という表現としては中央競馬で最長のように思えます。64年続いている重賞自体が少ないこともありますし、その間牡馬が勝ち続けることも容易ではないからです。
2位:51年ぶり(1964~2015年)「きさらぎ賞」
1961年に中京競馬場の砂コースで始まった「きさらぎ賞」。第1回(スギヒメ)と第4回(フラミンゴ)は牝馬が勝ちましたが、そこから実に半世紀、牝馬が勝てていませんでした。
2015年に半世紀ぶりの勝利を収めたのはルージュバック。3連勝で「きさらぎ賞」を制し、牝馬2冠はどちらも1番人気で挑みますがオークス2着など牝馬限定戦では人気を裏切ることが多かった同馬。
しかし、重賞4勝がすべて牡馬混合戦であることからも明らかなように、少なくとも牡馬に臆さない精神力がないとこういった偉業を果たすことはできないとみられます。
3位:39年ぶり(1966~2005年)「宝塚記念」
今でこそG1ですが、かつては今で言うスーパーG2のような扱いだった「宝塚記念」。1960年に創設され、1965年にシンザンが勝った西のグランプリを牝馬で初めて制したのが1966年のエイトクラウンでした。
それ以来、38年牝馬が勝てていなかった「宝塚記念」ですが、秋華賞を勝った後3連敗で人気薄(11番人気)と支持を落としていたスイープトウショウが名だたる牡馬を相手に堂々勝ちきったことは、当時偉業として称えられました。
2016年以降の6年間で牝馬が3連勝を含む4勝していることから「宝塚記念」と牝馬に相性を良く捉えている方もいらっしゃるでしょうが、それまではエアグルーヴなども敗れてきた歴史があったのです。
4位:37年ぶり(1971~2008年)「有馬記念」
4位も印象深いグランプリ「有馬記念」です。史上3頭目の牝馬での制覇を成し遂げた1971年の「トウメイ」は、10戦連続連対という文句なしの成績で「天皇賞(秋) → 有馬記念」という王道路線で現役を終えています。
その後はヒシアマゾンなど年末に夢をもたせる名牝が中山2500mというトリッキーなコースで苦戦を強いられてきましたが、2008年はダイワスカーレットが優勝。前年にマツリダゴッホに惜敗し、前走ではウオッカにハナ差敗れたダイワスカーレットが『堂々たる横綱競馬』で勝ちきり、グランプリを牝馬が勝てる平成20年代の到来を予感させました。
牝馬が(70年以上)勝てていない重賞(G1)
かつての「八大競走」のうち、牝馬が実に70年以上勝てていないものが3つあります。分かりますか?
1位:(1947年~)「菊花賞」
創設以来、秋の京都競馬場3000mで行われるというコンセプトが一切変っていない「菊花賞」は、1943年に大差勝ちをしたクリフジが牝馬で初勝利。そして戦後2回目の1947年を制したのが、桜花賞を制しダービーでも3着となったブラウニーです。同年に顕彰馬となったトキツカゼがいるために時代の面で不運だった部分は否めませんが、戦後唯一「菊花賞」を制した牝馬というだけでも偉業です。
2位:(1948年~)「皐月賞」
前述の「トキツカゼ」が戦後初の「皐月賞」(当時は東京競馬場で農林省賞典として開催)を制した1947年。そして戦後2回目となる1948年の8回を制したのも共に牝馬でした。その名はヒデヒカリ。後のダービー馬・ミハルオーが断然人気を集め、ヒデヒカリはブービー人気でしたが優勝。
「弥生賞」でもそうでしたが、ゲームの世界でもなければ仮に中距離以上に適正があっても、牝馬が「皐月賞」を選ぶことはまず考えられません。そうしたこともあって「菊花賞」と同じく、いわゆる・牡馬三冠路線は牝馬が勝てていないG1競走として記録を更新し続けています。
3位:(1953年~)「天皇賞(春)」
天皇賞も数え方が難しいですが、春と秋でわけた時に顕著になるのが牝馬との相性です。天皇賞(秋)は距離が短縮される前から牝馬が多く勝っています。それに対して、春・京都競馬場で行われる「天皇賞(春)」は史上1頭しか勝っていません。
特に牝馬が強かった1949年生まれの世代が古馬となった1953年。ここまで大舞台で勝ちきれなかったレダが人気に応え八大競走初制覇を遂げます。これが現時点で、春の天皇賞となって以降、唯一の牝馬の勝利となっています。
近年でもカレンブーケドールが3着に入る大健闘を見せたり、小柄なメロディーレーンが戦線を盛り上げていますが、やはり牝馬で一線級のステイヤーというのは殆どお目にかかることがなくなっており、3歳クラシックほどではないかも知れませんが、春の天皇賞を制する牝馬の誕生が令和の間に見られるのかは注目です。
八大競走に限定しないと……?
3位相当:(1953年~)「スプリングS」
八大競走/G1に限定しないと3位が入れ替わります。1952年に創設され、第2回に牝馬・チエリオが優勝をした「スプリングS」です。12戦1勝から4連勝でスプリングSを制した同馬はオークス2着となるまで成長。歴史小説家・吉川英治が馬主であることでも話題にのぼりますが、「スプリングS」を70年近く前(1953年)に制した唯一の牝馬であることはあまり知られていませんよね。
以下、5位相当なのが「毎日杯」(1963年:パスポート)、6位相当なのが「京都新聞杯」(1966年:ハードイツト)となり、上位のうち殆どが現3歳限定戦です。
古馬のレースでは、「ステイヤーズS」が1986年、「ダイヤモンドS」が1988年を最後に牝馬が優勝できておらず、やはり牝馬にとって長距離は鬼門なことがうかがい知れます。このほか、障害競走は牝馬が勝てていないレースの方が多いのですが、今回は平地重賞を対象としているため省略しています。
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