競馬歳時記【10月1週】「スプリンターズS(G1)」

【はじめに】
重賞競走の歴史を振り返りながら季節の移ろいを感じる「競馬歳時記」。今回は「スプリンターズS」の歴史をWikipediaと共に振り返っていきましょう。

昭和時代:重賞(G3 → G2)

下の記事にも書いたのですが、2001年に『アイビスサマーダッシュ』が創設されるまで中央競馬の古馬出走可能な重賞で最短の距離だったのが1200m戦でした。

言い換えれば、古馬が出走できる最古の短距離重賞として創設されたのが、文字通りスプリンター王者を決める『スプリンターズS』だったのです。この改革がなされたのは1967年(昭和42年)であって、戦後20年以上、今で言うスプリンターが出走できる重賞はなかったという経緯があるのです。

創設当初はまだ、「若駒は短距離、古馬になるにつれて中長距離をこなせるように」というステップで番組表が組まれており、現2歳から3歳春にかけてはマイル以下が中心で圧倒的な強さを誇って連勝を重ねていたものの、距離が伸びた3歳夏以降は成績が振るわず、勝てても距離の短いオープン戦か重賞止まりという馬は沢山いました。

恐らく、カルストンライトオカレンチャンなどのようにマイル戦以下の距離に適性のあった馬が昭和以前にも居たでしょうが、そういった馬が活躍する場が限られていて、そういったために今の時代ならばスポットライトがあたっていたのではないかと感じる幻の存在も多かったのではないでしょうか?

1960年代:古馬が出走できる唯一の短距離重賞として創設

イメージ的に若駒が走る1200m戦というレースが、古馬にも設定されること自体が些か新鮮で、しかもそれが重賞として創設されるということが画期的でした。

そもそも第1回は1967年7月9日の中山競馬で開催されたのですが、この7月9日の3場開催(中山・中京・新潟)で、1000m戦として組まれているのは現2歳戦のみであり、現在の3歳馬の未勝利戦ですら1400mです。初回からして、当日に組まれた古馬が出走できる23レースのうち最も距離が短かったというほどに「古馬×短距離」は冷遇されていたのです。

回数施行日競馬場距離優勝馬性齢タイム
第1回1967年7月9日中山1200mオンワードヒル牡41:12.1
第2回1968年5月3日中山1200mスズハヤテ牡41:11.3
第3回1969年9月28日中山1200mタケシバオー牡41:10.4

初回を勝ったのは【オンワードヒル】であり、距離がマイルになる現3歳春までは連対率が高かったものの、皐月賞以降は1800~2000m戦でしか勝てていなかった馬です。
なお、2着には安田記念を勝って中長距離重賞でも2着が多かったブツシヤン、5着には63kgを背負ったヒシマサヒデが挑んでいました。当時はまだ距離適性の概念が今ほど市民権を得ていなかったこともあったのでしょう、中距離路線からの挑戦がメインでした。

  • 1967年 – 4歳以上の馬による重賞競走として創設、中山競馬場の芝1200mで施行。
  • 1969年
    • この年のみ、名称を「英国フェア開催記念(第3回スプリンターズステークス)」に変更。
    • この年のみ正賞は「英国フェア名誉総裁通商産業大臣大平正芳賞ブリティッシュ・ウィーク・カップ」となる。

そして、1969年の第3回は「英国フェア開催記念」として開催され、この年を制したのがアメリカにも2度挑戦した名馬【タケシバオー】でした。

競走馬としての評価
芝、ダート、馬場状態、負担重量、距離といった諸条件を全く問題としない万能性を強みとし、距離体系などが確立されていなかった当時にあっても、長距離3200メートルの天皇賞を勝ち、短距離1200メートルの英国フェア開催記念でレコード勝ちをするという実績は特異なものだった。

タケシバオー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
( 同上 )

このローテーションは、競馬ゲームでも一貫性がなくて叱られるレベルでしょうし、それでも8連勝を決めきる【タケシバオー】は日本競馬史上に残るオールマイティーさだったと言えるでしょうね。

1970年代:初秋に定着、短距離適性馬が次々と優勝

1970年代に入って、開催時期が9月下旬から10月上旬に一旦定着します。そしてこの時期になると、短距離に確信的な適性を持った馬と陣営が、ここを一つの目標とする時代になります。今でいえば丁度1000mに適性のある馬が『アイビスサマーダッシュ』に照準を定めるのと似ているかも知れません。

1970年代の主な「スプリンターズS」
  • 1970年

    1970年の桜花賞など中央競馬の重賞競走を5勝し、快足の逃げ馬として知られた。1970年度啓衆社賞最良スプリンターを受賞している。ルックスの面でも人気を博し「美少女」と呼ばれた。

  • 1972年

    花の47年組」の一頭であり、通算68戦出走はイナボレスの76戦に次ぐ記録。 第1回・日本ダービー3着馬を5代母に持ち、兄弟や子にも活躍馬。
    クラシック戦線で3戦連続2桁着順と大敗し、秋緒戦のこのレースを10頭立ての9番人気で優勝し重賞初制覇。なお年末には「ステイヤーズS」に出走するも、5.2秒差の大敗も経験。(距離差3倍はエグいって^^;)

  • 1974年
    1975年

    主な勝ち鞍は安田記念スプリンターズステークス(連覇)。同期にはイットーイナリトウザイらがいる。
    現3歳時:3番人気に支持されたサクライワイは、最初の3ハロンを11秒9-10秒3-10秒9というハイラップで逃げ、最後の3ハロンも35秒3で纏めてそのまま逃げ切った。勝ちタイムの1分8秒4はキシュウローレルが持っていたレコードを1秒上回る日本レコードであった。こうして日本一の快速馬である事を証明。
    現4歳時:サクライワイは普段と違い4番手で進めたが、4コーナーで2番手に進出。直線でキャッシュボアをクビ差捉えて、自身の2連覇とマタドア産駒のスプリンターズステークス3連覇を達成。

  • 1977年
    1978年
    メイワキミコ

    史上2頭目の連覇で、こちらも牝馬が現3歳時から4歳時にかけての達成。オークスで23着と大敗した後、条件戦(ダート1200m)をレコードの大差勝ちして、4連勝で同レースを制覇。現4歳時には連覇を達成し、現5歳時に約1年ぶりに戦線復帰して史上初の3連覇を目指すも4着。

このように牝馬では2頭の連覇達成馬が誕生するなど、短距離~マイル路線を中心に活躍する馬が多くなり始めた頃かと思います。

1980年代:春開催&古馬短距離重賞としてグレード認定

  • 1980年 – 名称を「読売スプリンターズステークス」に変更。
  • 1983年 – 名称を「スプリンターズステークス」に変更。
  • 1984年 – グレード制施行によりGIIIに格付け。
  • 1987年 – GIIに昇格。
  • 1988年 – 中山競馬場の観客スタンド改修工事のため東京競馬場1400mで施行。
  • 1989年 – 混合競走に指定、外国産馬が出走可能になる。

昭和50年代までは「読売」を冠して行われていたスプリンターズS。1981年からは初春(2~3月)の開催となります。ちなみに、1988年には史上唯一「1200m」以外で開催(東京1400mでの代替開催)されたこともありました。

そして、日本にグレード制が導入された1984年、古馬が出走可能な数少ない短距離重賞として「スプリンターズS」は、年末開催だったCBC賞と共に『G3』に格付けされます。当時は「安田記念」が『G1』に格付けされて画期的に感じる程であり、『G3』とはいえ正式に格付けされたこと自体が重要でした。

第14回1980年9月27日中山1200mサクラゴッド牝51:11.8
第15回1981年2月22日中山1200mサクラシンゲキ牡41:09.5
第16回1982年2月28日中山1200mブロケード牝41:09.0
第17回1983年2月27日中山1200mシンウルフ牡41:09.5
第18回1984年3月18日中山1200mハッピープログレス牡61:10.3

1980年代前半も短距離適性のある馬が勝っており、特にこの1984年のグレード元年の【ハッピープログレス】は、ニホンピロウイナーと共にスプリント路線の拡充を象徴づけた1頭と言えるでしょう。

そして、1987年には京王杯SCやスワンSと並ぶ『G2』に格上げされ、1988年には牝馬【ダイナアクトレス】が半年ぶりの勝利を短距離路線で挙げています。

平成・令和時代:G1に格上げ

1990年、初のスプリントG1に格上げされ、同時に開催時期が『春』から『12月(有馬記念の前週)』に大胆に変更されます。マイルCSの翌月というタイミングということは、今でいうところの『阪神C』や『香港スプリント』に近い位置づけだったといえる訳ですね。

第24回1990年12月16日バンブーメモリー牡51:07.8
第25回1991年12月15日ダイイチルビー牝41:07.6
第26回1992年12月20日ニシノフラワー牝31:07.7
第27回1993年12月19日サクラバクシンオー牡41:07.9
第28回1994年12月18日サクラバクシンオー牡51:07.1
第29回1995年12月17日ヒシアケボノ牡31:08.1
第30回1996年12月15日フラワーパーク牝41:08.8
第31回1997年12月14日タイキシャトル牡31:07.8
第32回1998年12月20日マイネルラヴ牡31:08.6
第33回1999年12月19日ブラックホーク牡51:08.2

1分7秒台での決着も珍しくなくなるほどにレベルアップをした1990年代のG1・スプリンターズSは、もう勝ち馬の名前を見るだけでもお馴染みといった感じが致します。

牡馬で初めて連覇を達成した【サクラバクシンオー】のほかは、連覇を達成した馬が居ないですが、それだけ群雄割拠のスプリント路線が安定して勝つことが難しかったことを物語っています。

今でも伝説として語られるところとしては、やはり連覇を目指して引退レースに臨み、単勝1.1倍という圧倒的な1番人気に支持されるも、3着と敗れ初めて連対を逃した【タイキシャトル】でしょう。格言の『競馬に絶対はない』を体現した好事例として令和にも語り継がれていますよね。

2000年代:連覇の達成馬はなくも、海外勢が2連勝

ダイタクヤマト】が単勝257.5倍の最低人気で優勝して始まった2000年代のスプリンターズS。その後も短距離戦線を盛り上げる馬たちが勝ち馬に名を連ねています。

牝馬【ビリーヴ】が久々の連覇を目指すも、2003年には『ビリーヴか、ビリーヴか、ビリーヴかっ! 外からデュランダル!』と熱く実況されるハナ差での熱戦に敗れ【デュランダル】に覇権を譲ります。

第34回2000年10月1日中山ダイタクヤマト牡6JRA1:08.6
第35回2001年9月30日中山トロットスター牡5JRA1:07.0
第36回2002年9月29日新潟ビリーヴ牝4JRA1:07.7
第37回2003年10月5日中山デュランダル牡4JRA1:08.0
第38回2004年10月3日中山カルストンライトオ牡6JRA1:09.9

そして、2004年には『アイビスサマーダッシュ』の印象が強かった【カルストンライトオ】が不良馬場を4馬身差突き放しての逃げ切りを決めたのも印象的なレースでした。

また、1994年の段階で国際競走になっていた「スプリンターズS」は、2004年に海外馬が3頭参戦し、香港の【ケープオブグッドホープ】が8番人気ながら3着と健闘。2000年代後半になると、時代は国際化が顕著になり、初めて海外からの優勝馬が誕生します。

第39回2005年10月2日中山サイレントウィットネス騸6香港1:07.3
第40回2006年10月1日中山テイクオーバーターゲット騸7AUS1:08.1
第41回2007年9月30日中山アストンマーチャン牝3JRA1:09.4
第42回2008年10月5日中山スリープレスナイト牝4JRA1:08.0
第43回2009年10月4日中山ローレルゲレイロ牡5JRA1:07.5
2000年代の主な「スプリンターズS」
  • 2005年

    17戦無敗→チャンピオンズマイル(マイル戦)で初の敗戦2着→安田記念3着。秋にスプリント路線に戻って「スプリンターズS」で日本遠征のリベンジを達成。

  • 2006年
    テイクオーバーターゲット(オーストラリア)

  • 2009年
    シーニックブラスト(オーストラリア)

    夏にアスコットの「キングススタンドS」を優勝。ジュライC大敗を挟んで挑んだ「スプリンターズS」は3番人気も最下位に沈む。

2010年代:ロードカナロア、レッドファルクスが連覇

2010年代に入って、香港の【ウルトラファンタジー】が10番人気で優勝するも、それ以降は日本馬が独占。また、2011年には牝馬【カレンチャン】が5連勝でG1を制しています。

第44回2010年10月3日中山ウルトラファンタジー騸8香港1:07.4
第45回2011年10月2日中山カレンチャン牝4JRA1:07.4
第46回2012年9月30日中山ロードカナロア牡4JRA1:06.7
第47回2013年9月29日中山ロードカナロア牡5JRA1:07.2
第48回2014年10月5日新潟スノードラゴン牡6JRA1:08.8
第49回2015年10月4日中山ストレイトガール牝6JRA1:08.1
第50回2016年10月2日中山レッドファルクス牡5JRA1:07.6
第51回2017年10月1日中山レッドファルクス牡6JRA1:07.6
第52回2018年9月30日中山ファインニードル牡5JRA1:08.3
第53回2019年9月29日中山タワーオブロンドン牡4JRA1:07.1

そして、2010年代には2頭の連覇達成馬が現れます。2012・13年の【ロードカナロア】と、2016・17年の【レッドファルクス】です。このうち【ロードカナロア】は史上唯一の1分6秒台をマークすると共に「香港スプリント」をも連覇し、スプリンターとして年度代表馬・JRA顕彰馬に輝いています。

基本的には3番人気以内が勝っているレースですが、2010年【ウルトラファンタジー】(10番人気)や2014年の【スノードラゴン】(13番人気)です。それでも前者は29.3倍、後者も46.5倍ですから、【ダイタクヤマト】の様な単勝万馬券が飛び出している訳ではない点には注意が必要でしょう。

2020年代:グランアレグリア、ピクシーナイトが優勝

レースR勝ち馬
2016115.00レッドファルクス
2017114.50レッドファルクス
2018113.75ファインニードル
2019115.00タワーオブロンドン
2020116.25グランアレグリア
2021114.00ピクシーナイト
2022

レースレーティングをみると、国際基準での「G1の目安:115ポンド」を下回る年も目立ちます。実はこれは、下の記事に書きましたけど、日本国内のG1の平均値に比べるとかなり低いアベレージです。

ダート路線とスプリント路線が相対的に低く、中長期的にみると「G1降格」の憂き目に合う確率が最も高そうなので、今後も注視をしていく必要はあるでしょう。

一方で、2020年代に入っては、かなりレースのレベルも戻ってきている印象があり、レーティングの値よりもメンバー的には充実している印象です。まあ、その他の距離と比べて海外での実績や海外馬との交流が少ない点でレーティングは損をしている面があるかと思うので、そこまで敏感にならなくても良いのかも知れませんがね💦

  • 2020年(第54回)
    1. グランアレグリア
    2. ダノンスマッシュ
  • 2021年(第55回)
    1. ピクシーナイト
    2. レシステンシア
    3. シヴァージ
    4. メイケイエール
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