競馬歳時記【3月3週】「阪神大賞典(Hanshin Daishoten)」

【はじめに】
「競馬歳時記」今回は「阪神大賞典」を取り上げます。まずWikipediaで概要を見ていきましょう。

概要 [編集]
1953年に、4歳(現3歳)以上の馬による重賞競走として創設[3][4]。創設当初は阪神競馬場の芝2000mで行われ、その後距離は幾度かの変遷を経て、1974年より芝3000mで定着。負担重量は創設当初ハンデ戦だったが、1956年より別定に変更された。

創設以来、1957年から1960年を除き「暮れの阪神開催を飾る名物レース」として親しまれたが、1987年から春の阪神開催に移され5歳(現4歳)以上の馬による競走となり、あわせて天皇賞(春)の前哨戦として位置づけられた。2014年からは、本競走の1着馬に天皇賞(春)の優先出走権が与えられている。

日本語版ウィキペディア > 阪神大賞典 より

1950年代中盤:2000m時代【ダイナナホウシユウ】

「阪神大賞典」が創設されたのは1953年、当時は12月に開催されており、「鳴尾記念(秋)」に並ぶ「天皇賞(秋)」の後の関西の年末総決算なレースでした。

1953/12/06「第1回・阪神大賞典」 阪神芝2000m
1着 10番人気 コウラン
4着 4番人気 ワカクサ(64kg、デビュー30戦目で初めて3着を外す)
6着 3番人気 ボストニアン(65kg)
10着 1番人気 ロイヤルウツド(63kg)
15着 2番人気 ダイサンホウシユウ(57kg)

第1回はいきなり高い斤量の人気馬たちが馬券圏外に沈む波乱。上位3頭は51~52kgの3歳牡馬という結果から始まりました。

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第2回の「ヒヤキオーガン」は51.5kg、第3回の「セカイオー」は50kgという極端なハンデの3歳馬が勝っていましたが、第4回にして初めて、61kgとトップハンデの1番人気「ダイナナホウシユウ」が勝利を収めています。(なお、次走の「第1回・中山グランプリ」の実質的な前哨戦として出走)

昭和30年代:2200m時代【カツラシユウホウ】

1956年年末に「中山グランプリ」が開催され、第2回以降は「有馬記念」として定着することに。それを受けてか、1957~1960年は10~11月(文化の日頃)に開催時期が移りました。(その後、年末に)

関西所属の重賞常連馬達が集うレースとして定着した昭和30年代のうち、1958年は、かなり特殊な状況となっていました。「阪神大賞典」が「菊花賞」の半月前に行われるという日程でして、皐月賞・日本ダービーを2着、デビュー17戦中16戦で連対していたカツラシユウホウが最後の1冠を目指して最終調整に挑むという展開でした。

前々年に別定戦となったことも作用して「57kg」という良心的な斤量で出走することができたカツラシユウホウは、阪神大賞典を順当に勝って本番・菊花賞に臨みました。しかし、菊花賞でも2着と敗れ、日本競馬史上唯一「クラシック3冠すべてで2着」という珍記録を残すこととなっています。

昭和40年代:3100 → 3000m時代【キーストンほか】

1961年に12月開催となり、「地元で叩いて半月以内に有馬記念に乗り込む関西馬」と「有馬記念には遠征せず地元で年末を迎える関西馬」が同居するレースとなります。距離についても、第12回まで中距離で行われていましたが、第13回(1965年)から「芝3000m台」の長距離レースとなり現在に至っています。

この時代に最も印象的で、21世紀にも語り継がれるのがダービー馬「キーストン」の悲劇のラストランです。テレビなどでも取り上げられるので、知っている方も多いと思います。

日本語版ウィキペディア > キーストン より

レース後に故障が発覚し安楽死となるケースは戦前から多く伝わりますが、レース中の故障による予後不良が大々的にショッキングに伝えられたのは、テレビでの競馬中継が浸透しつつあったこの時代ならではだったと思います。

1974年(昭和49年)には芝3000mに距離が若干短縮され、現在の距離に落ち着くこととなります。

昭和50年代:関西年末最後の重賞から上旬へ繰り上がり

1968年(昭和43年)から年末(今でいう「阪神カップ」ぐらいの時期)に行われてきた阪神大賞典は、徐々に「有馬記念には向かわない馬(関西馬もしくは2500m超のステイヤー)」による重賞という位置づけにシフトしていました。

※頭数も1桁の年が増えたりして、今でいう「ステイヤーズS」のようなイメージに近かったかも知れません。

「シンブラウン」がレース史上初の連覇を果たした1984年からは、グレード制が施行され「GII」に格付け、レース時期が再び12月上旬に早まります。

昭和60年代:3月に移行、同着も誕生 【タマモクロスほか】

関西年末の風物詩という創設当初からのアイデンティティを大胆に見直したのが、1987年でした。晩秋から3月に開催時期を移して、「天皇賞(春)」の前哨戦に位置づけたのです。

その翌年、昭和最後となる1988年の「阪神大賞典」は、3頭がハナ差という大接戦となり、何とレース史上初の1着同着(タマモクロス、ダイナカーペンター)という衝撃的な結果となりました。

日本語版ウィキペディア > タマモクロス より

このタマモクロスは重賞4連勝に伸ばし、堂々1番人気で次走「天皇賞(春)」を制覇。この年、古馬GI5戦すべてで連対を果たす偉業を成し遂げることとなります。まさに年末開催では恐らく出走していなかったであろう点でも、この開催時期変更が大きな意味を持つこととなります。

1990年代:黄金期【メジロマックイーン、ナリタブライアン連覇】

今よりも遥かに「天皇賞(春)」に重厚感があった平成1桁時代には、距離が本番に最も近い重賞ということもあり、本格的なステイヤーがここを叩いてGI戦線に向かうのが通例でした。

第38回1990年3月11日阪神3000mオースミシャダイ牡43:10.1松永昌博
第39回1991年3月10日中京3000mメジロマックイーン牡43:07.3武豊
第40回1992年3月15日阪神3000mメジロマックイーン牡53:13.5武豊
第41回1993年3月14日阪神3000mメジロパーマー牡63:09.2山田泰誠
第42回1994年3月13日中京2800mムッシュシェクル牡62:55.2藤田伸二
第43回1995年3月12日京都3000mナリタブライアン牡43:08.2南井克巳
第44回1996年3月9日阪神3000mナリタブライアン牡53:04.9武豊
第45回1997年3月16日阪神3000mマヤノトップガン牡53:07.2田原成貴
第46回1998年3月22日阪神3000mメジロブライト牡43:09.3河内洋
第47回1999年3月21日阪神3000mスペシャルウィーク牡43:13.4武豊
日本語版ウィキペディア > 阪神大賞典 より

1990年代の勝ち馬を見ると、綺羅星のごとく輝く名馬たちが名を連ねています。メジロマックイーンやナリタブライアンの連覇は印象的ですし、メジロパーマー、マヤノトップガン、メジロブライト、スペシャルウィークといった馬たちが積極的にここを使ってきていました。

特に「ナリタブライアン」が勝った2度の阪神大賞典は、今でも語り継がれています。関西テレビ岡安譲アナウンサーの熱弁に当時のファンはうなずきまくって下さい(^^

2000年代:徐々にステイヤー特化のレースに

1990年代の匂いを残した2000年代前半も、2002年までは歴史的名馬が勝ち馬に名を連ねます。

  • 2000年:テイエムオペラオー
  • 2001年:ナリタトップロード
  • 2002年:ナリタトップロード

いわゆる1999年クラシック世代です。テイエムオペラオーのあの連勝の2勝目も、ナリタトップロードの連覇も「阪神大賞典」の輝かしい時代の記録の1ページとなっています。

それ以降は、「天皇賞(春)」を目指す馬も生粋のステイヤーというより中長距離馬が中心となるに連れて、前哨戦も距離の短いレースを積極的に使うようになります。その結果、ステイヤーが大挙する阪神大賞典はまさにステイヤー同士の争いとなりますが、長距離部門の地位が徐々に低下していく時代において、レースの衰退(昭和末期と似た流れ)を感じさせる場面が目立っていた時期でした。

そんな時代に唯一と言って良いほどの名馬が出走したのが、2006年、日本馬初の凱旋門賞制覇を目指す【ディープインパクト】でした。先輩菊花賞馬デルタブルースや古豪ファストタテヤマなどをふるい落とすようにして勝つ様は、まさに変わらぬ強さを緒戦に見せるに相応しい舞台でした。

2010年代:オルフェ逸走、ゴルシ3連覇

ステイヤー中心のレースに移行する流れは止められなかったものの、ディープインパクトの存在もあってか、2010年代に入っても歴史的名馬が緒戦に選ぶレースとして格を維持する事ができた阪神大賞典。

2013年からは、あの【ゴールドシップ】が史上初3連覇を達成しましたが、やはり現代においても語られるのが【オルフェーヴル】のあの逸走でしょう。

「カンテレ競馬【公式】」から、関西テレビの実況を担当した岡安譲アナウンサーが当時の裏話を語った動画がアップされていますので、ぜひご覧ください。実況アナウンサー目線で振り返れます。

レート勝ち馬
2016114.00シュヴァルグラン
2017116.75サトノダイヤモンド
2018115.00レインボーライン
2019107.00シャケトラ
2020111.50ユーキャンスマイル
2021109.00ディープボンド
2022

2016年以降のレーティングを纏めました。6年での単純平均は「112.21」、最低年である2019年を除いた5年平均では「113.25」となります。GIの目安の115には及ばないものの、長距離のレースでこれだけのアベレージを叩き出していること自体に価値はあると思います。

ただ、2018年までは「GI級」の勝ち馬、レースレーティングを刻んでいた「阪神大賞典」が、令和に入って急落してしまったところは多少気がかりです。

2021年の有馬記念で2着となり、レーティング121とされた「ディープボンド」が出走するので、2022年は一時的にレースレーティングを取り戻すと思われますが、その後どう推移していくか見守っていきたいと思います。数少ない長距離重賞を楽しんでいきましょう!

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