競馬歳時記【3月3週】「フジテレビ賞スプリングS(Spring Stakes)」

【はじめに】
「競馬歳時記」今回は「スプリングS」を取り上げます。まずWikipediaで概要を見ていきましょう。

概要 [編集]
3着までの馬に皐月賞の優先出走権が与えられるトライアル競走。本レースは、1990年まで5着までに優先出走権を付与していたが、1991年から3着までに改められた。皐月賞・東京優駿(日本ダービー)と続く春のクラシック路線、およびNHKマイルカップの重要な前哨戦として位置付けられている。

1957年に創設された、4歳(現3歳)馬による重賞競走。創設時は東京競馬場の芝1800mで行われ、その後施行場や距離は幾度かの変遷を経て、1960年以降は中山競馬場の芝1800mで定着。負担重量は創設時が別定で、「皐月賞トライアル」の副称がつけられた1958年から定量に変更、2003年からは馬齢に変更された。

なお本競走に限り、競馬場内及びグリーンチャンネル使用の本馬場入場をフジテレビアナウンサーが担当(2020年を除く)。

日本語版ウィキペディア > スプリングステークス より

1952~1957年:東京競馬場時代【タカオー】

「スプリングS」が創設されたのは1952年(昭和27年)でした。ここで当時の現3歳馬の年間番組表を纏めてみたいと思います。

牡馬・牝馬牝馬限定
12朝日杯3歳S
阪神3歳S
スプリングS
中山4歳S
皐月賞
桜花賞
日本ダービー
セントライト記念
10オークス
11カブトヤマ記念
菊花賞
12クモハタ記念

これで現3歳(一番上の行は現2歳チャンピオン決定戦)の重賞はすべてです。この1952年に初めて、桜花賞・皐月賞の「前哨戦」となる重賞として、「スプリングS」「中山4歳S」が創設されました。

まだ牝馬限定のトライアルレースもなかった時代なので、牡馬・牝馬を問わず関東所属の有力馬が挙って出走してきたのです。この時期の活躍馬を纏めると、

開催日勝ち馬後の主な成績その他の活躍馬
1952/03/10アサトモ中山4歳S5着 スウヰイスー
1953/03/22チエリオオークス2着
1954/03/21タカオー(10連勝)天皇賞・春5着 ヤマイチ
1955/03/27ナンシーシヤイン5着 メイヂヒカリ
1956/03/21キタノオー菊花賞
1957/03/21ヒカルメイジダービー2着 セルローズ

やはり八大競走で活躍する馬が名を連ねていますし、連対を外した馬からも八大競走勝ち馬がいます。当時はレースを使いながら仕上げる傾向が強かったので、本番に向けて万全の調子で挑むことは少なかったことも影響しているかも知れません。

この時代から1頭挙げるとすれば、現代では全く知名度が無いですけど(^^; タカオーでしょうか。前年秋から「朝日杯3歳S」を含めて9連勝でスプリングSに挑み、このレースを勝って10連勝。更に続くオープン戦も勝って11連勝(中央競馬の連勝タイ記録)を打ち立てた名馬です。

日本語版ウィキペディア > タカオー より

1958~1963年:トライアルに指定【コダマ、メイズイ】

1958年に入ると、中山競馬場での開催となり、正式に皐月賞のトライアルレースとなります。当時は、関東・関西の往来が容易でなく、このレースから桜花賞に挑むケースは減り(1958年などは桜花賞の後に開催)、牡馬がメインのレースとなります。

開催日勝ち馬主な勝鞍
1958/04/06ダイゴホマレ日本ダービー
1959/04/05メイタイ皐月賞2着
1960/04/03コダマ春2冠
1961/03/26ユキロウ大井記念
1962/03/21カネツセーキ皐月賞2着
1963/03/24メイズイ春2冠

この時代の6頭の勝ち馬のうち、春2冠馬が2頭、ユキロウを除く3頭も皐月賞で惜敗ながら好走を果たしており、レースとしての充実度が見て取れます。

1964年~:「フジテレビ賞」に 【シンザン】

関東の日曜の中央競馬地上波中継が「フジテレビ」に統一されていく時代、1964年(東京オリンピックの年)に「スプリングS」が「フジテレビ賞」となります。その年に制したのが三冠馬シンザンです。

関西で4戦4勝という成績を残すも、一流馬と対戦しておらず、事前調教も振るわないとの情報から「6番人気」に甘んじていたシンザンですが、レースでは関東の人気馬を完封。そのまま三冠馬を達成します。(関西テレビの「菊花賞」の動画がこちら↓)

その後もクラシック本番さながらの名勝負が実現していて、特に有名なのが、

  • 1965年:ダイコーター1着、キーストン2着
  • 1968年:マーチス1着、タケシバオー2着、アサカオー3着、タニノハローモア4着

こういったレースです。これらの対決はクラシックロードでも注目されました。当時は中山競馬場に移って、本番(皐月賞)と同じ競馬場に移ったことでより注目度が高まったのです。そして、「弥生賞」よりもレースに近く、より本番への緊張感が高まる中での対決となっていったのです。

1970年代:人気馬続々【ハイセイコー、テンポイントほか】

1970年代に入ると、クラシックへの期待を高めるような名馬によるレースが続々と誕生します。

  • 1970年:タニノムーティエ1着、アローエクスプレス2着
  • 1972年:タイテエム   1着、ヒデハヤテ2着
  • 1973年:ハイセイコー  1着【8戦8勝】
  • 1974年:キタノカチドキ 1着
  • 1976年:テンポイント  1着

この中だと、タニノムーティエ、タイテエム、キタノカチドキ、テンポイントといった馬たちは、いずれも関西馬であり、皐月賞本番に向けて「視界よし」な勝ちを見せました。

また弥生賞を勝って怪物ぶりを見せた地方出身のハイセイコーが、8勝目を飾ったのもスプリングS。関東馬を他から来た馬が打ち負かすというレースが、特にこの時代多かった印象です。

1980年代:期待叶わず名馬たち【マティリアルほか】

1980年代に入ると、レース間隔のスプリングSを避け、弥生賞から皐月賞に向かうケースが増えます。1985年に皐月賞を勝った「ミホシンザン」は寧ろ例外で、2頭の三冠馬を始めとする有力馬は弥生賞を選択しています。

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なかなか本番に直結しない馬が同レースを制するようになった1980年代、むしろ「期待値」の増す馬たちがこのレースを制しています。具体的には、

  • 1982年:ハギノカムイオー
  • 1984年:ビゼンニシキ
  • 1987年:マティリアル

といった馬たちです。(フジテレビの社賞ということもあり、メディアで盛り上げたかった懐事情もあるのかも知れませんが ^^)

ただハギノカムイオーはサルノキング以下を退ける逃げ方が鮮やかでしたし、ビゼンニシキも春の段階ではシンボリルドルフの対抗馬の筆頭格、そしてマティリアルのシンガリからの追い込みは「伝説」となっています。

1990年代:5→3頭に出走権縮小【ナリタブライアンほか】

そういった事情もあってか、1991年には皐月賞への優先出走権が、上位5頭から3頭に縮小します。

そして、昭和50年代から徐々に「人気薄」の馬が活躍する機会が増えてきた同レースで、2桁人気の馬を含めた人気薄が勝利を収めるなど、少しずつ「王道」からレースレベルのバラつきが目立つようになります。もちろん、数年に1頭のペースでは活躍馬を輩出していて、例えば、

  • 1992年:ミホノブルボン 【距離克服で7馬身差圧勝】
  • 1994年:ナリタブライアン【3馬身半差で重賞3連勝】
  • 1996年:バブルガムフェロー

こういった馬たちのその後の活躍はここで触れるまでもないでしょう。しかし、複数頭の一流馬を輩出する力はもうこの時代には大分削がれていました。

2000年代:ダービー馬を3頭輩出【タニノギムレットほか】

2000年代に入ると、ある程度の人気に応えてレースを勝利する馬がまた増えてくる一方で、その後に、本番で活躍できる馬とそうでない馬の差が目立ってきます。

活躍した馬としては、この時代、ダービー馬を3頭も輩出していることは特筆すべき点でしょう。

  1. 2002年:タニノギムレット
  2. 2003年:ネオユニヴァース 【春2冠馬】
  3. 2006年:メイショウサムソン【春2冠馬】

いずれも春競馬の中心馬たちです。また現役時代はこのレースが最後の勝鞍となってしまいましたが、

2004/03/21「第53回・スプリングS」
1着 ブラックタイド 【ディープインパクトの兄】
3着 ダイワメジャー 【11番人気 → 後の皐月賞馬】
5着 コスモサンビーム【2歳王者】

といった印象的なレースもありましたね。

2010年代:オルフェ、キタサンブラックは輩出

2010年代以降も、やはり数年に1回は名馬を輩出しています。ナリタブライアン以来の顕彰馬となったのが、この2頭です。

  • 2011年:オルフェーヴル  【後の三冠馬、重賞連対16度】
  • 2015年:キタサンブラック 【500万下からの3連勝、後のGI7勝馬】

その一方で、私がこの「競馬歳時記」で取り上げている2016年以降の「レースレーティング」での分析になると、こういった結果になります。

レート優勝馬
2016110.50マウントロブソン
2017109.50ウインブライト
2018111.50ステルヴィオ
2019110.00エメラルファイト
2020109.50ガロアクリーク
2021108.75ヴィクティファルス
2022

ここ6年の平均値が「109.95」、最低年を除く5年平均が「110.20」と、GIIの目安とされる「110」を上回れるか予断を許さない状況となっています。もちろんこの時期の3歳馬のレースとしては、十分高いとの見方もできますが、「弥生賞」がこの時期で平均114前後あることを思うと、物足りません。

ここまで見てきてお分かりのとおり、「弥生賞の後、皐月賞から約1ヶ月と間隔が短い」のは1960年代から続いてきた傾向であり、弥生賞が東京から中山開催になったここ半世紀は実質的にキャラ被りをしてしまっています。

レースの格としては、レーティングが示すとおり「GIIとGIIIを行ったり来たり」ですが、さすがに「フジテレビ賞」と冠しているレースを格下げすると印象も悪いですから、歴史も鑑みて「GII」を維持しているところかも知れません。

ただ半世紀近く前の黄金期に比べるとレースとしてのレベルダウンは否めません。やや開催時期も距離も中途半端になってきているので、フジテレビさんが盛り上げやすい形で少し手を加える時期に来ているのかも知れないなと感じました。

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