競馬歳時記【1月3週】「日経新春杯」

【はじめに】
重賞競走の歴史を振り返りながら季節の移ろいを感じる「競馬歳時記」。今回は「日経新春杯」の歴史をWikipediaと共に振り返っていきましょう。

日経新春杯は、日本中央競馬会 (JRA)が京都競馬場で施行する中央競馬重賞競走 (GII)である。寄贈賞を提供する日本経済新聞社は、東京大阪に本社を置く新聞社

日経新春杯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

「日本経済新春杯」時代(1954~1978年)

1954年に創設された「日本経済新聞新春杯」は、関東で「第3回・金杯」が行われたのと同日であり、年始最初の重賞というタイミングでした。創設当初から1月中旬頃に開催されていて、少し前まで重賞が春までなかった時代だったのを思えば、まさに「新春」を祝うに相応しいレースだったといえます。

回数施行日優勝馬性齢タイム
第1回1954年1月17日ダイサンホウシユウ牡42:34 4/5
第2回1955年1月16日フジミツル牡42:30 0/5
第3回1956年1月22日ヒヤキオーガン牡52:33 4/5
第4回1957年1月20日ナンバイチバン牡42:30 2/5
第5回1958年1月19日トツプラン牡42:32 0/5
第6回1959年1月18日タカハル牡42:30 2/5

さて1950年代の勝ち馬を見ましても、ウィキペディアにリンクのないような馬が並んでいます。強いていえば【ダイサンホウシユウ】は個人的に好きな馬で、なぜウィキペディアに記事が無いのか不思議なほどなのですが、それはさておき。勝ち馬がメジャーでないのには理由があります。

2023年には59kgや58.5kgなどの斤量で話題になった「ハンデ戦」、日経新春杯は第1回・日本経済新春杯の時から一貫してハンデ戦だった訳なのですが、今とは比べ物にならないほどハンデ差が大きかったのです。具体例を見ていきましょう。

勝ち馬斤量重ハンデ馬斤量着順
1954ダイサンホウシユウ55kgボストニアン
クインナルビー♀
65kg
64kg
2着
3着
1955フジミツル48kgフアイナルスコア65kg2着
1956ヒヤキオーガン53kgフアイナルスコア64kg2着
1957ナンバイチバン57kgヤサカ65kg3着

実際、初回の1954年に関しては、前年の2冠馬・ボストニアンが65kgなのは当時として理解が出来ます。しかしその日本ダービーで2着に入ったダイサンホウシユウが55kgというのは理解に苦しみます。確かに、菊花賞3着の後は阪神大賞典で15着、オープン4着(ブービー)と大敗していたことで評価を落としていたのでしょうが、「日本経済新春杯」の2日前に行われたオープン戦では60kgを背負って7馬身差の圧勝をしているのに、その直後のレースで斤量5kgも減っては違和感を覚えざるを得ません。

このように、60kg台中盤で挑戦した八大競走級の馬が2~3着と惜敗をしていて、勝ち馬との斤量差が小さくて8kg、一番酷い1955年には17kg差もあったのです。これでアタマ差まで迫ったフアイナルスコアを寧ろ褒めるべきでしょう。新年とはいえここまで極端なハンデ差となっては強豪側は堪りませんから、出走を回避するようになっていきました。

第10回1963年1月20日リユウフオーレル牡42:36.9
第11回1964年1月19日コウライオー牡42:35.8
第12回1965年1月17日オーヒメ牝42:31.7
第13回1966年1月16日パワーラツスル牡42:33.1
第14回1967年1月22日タイクラナ牡52:29.0
第15回1968年1月21日リユウフアーロス牡52:29.9
第16回1969年1月19日ダテホーライ牡42:35.6
第17回1970年1月18日キンセンオー牡42:27.6
第18回1971年1月17日コンチネンタル牡52:35.1
第19回1972年1月16日ケイシュウ牡52:37.0

第10回には、菊花賞などを連続2着とし、年明け2戦目となった【リユウフオーレル】が優勝。この馬がこの年の秋を席巻したことは現代にも伝わっています。

リユウフオーレル(リュウフォーレル)は1963年啓衆社賞年度代表馬天皇賞(秋)有馬記念を制した。関西馬としては初めての有馬記念優勝馬。主戦騎手は宮本悳が務めた。

リユウフオーレル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

1950年代に見られたような酷な斤量を課される馬は珍しくなり、60kg前後という年が多くなっていく中で、あの悲劇が訪れてしまいます。「日本経済新春杯」として行われた最後となる1978年(第25回)に『66.5kg』という極めて酷な斤量を背負った名馬【テンポイント】です。

6歳時(1978年)
年が明け、テンポイント陣営は海外遠征を行うと発表。2月に遠征における本拠地であるイギリスへ向けて出発することになった。

発表後、関西圏のファンから遠征の前にテンポイントの姿を見たいという要望が馬主の高田や調教師の小川に多数寄せられるようになった。これを受けて小川は壮行レースとして1月22日の日本経済新春杯に出走させることを主張した。高田は重い斤量を課されることへの懸念から内心出走させたくなかったものの判断を小川に委ねた。小川は67kg以上のハンデキャップを課された場合出走を取り消す予定であったが、発表された斤量は66.5kgであったため出走を決定した。(レースの詳細については第25回日本経済新春杯を参照)

テンポイント
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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『満量』という概念が古くから存在して、戦前から『重たい斤量を克服できる馬こそ強い馬だ』という風潮が根強かったですが、それを一変させる契機となったのがこの一件だったかと思います。しかし、名馬は帰らず、レース名は翌年から『日経新春杯』と生まれ変わります。

「日経新春杯」時代(1979年~)

昭和時代には、ホクトボーイが61kgで出走したりもしましたが、やはりテンポイントのショックというのは日本競馬全体に暗い影を落とし、あまり斤量の重くない馬が出走することが多くなりました。今も(令和になっても)「日経新春杯」を実況する関西のアナウンサー陣は、テンポイントのことをそっと実況に盛り込んだりもしています。

さて、1980年代になると、阪神代替開催や積雪によるダート2600m開催などを挟んで、1987年からは京都2200mでの施行となり、1993年まで続きました。

第40回1993年1月24日京都2200mエルカーサリバー牝42:14.0
第41回1994年1月23日阪神2500mムッシュシェクル牡62:35.5
第42回1995年1月28日京都2400mゴーゴーゼット牡42:24.8
第43回1996年1月21日京都2400mハギノリアルキング牡62:26.7
第44回1997年1月19日京都2400mメジロランバダ牝42:27.6
第45回1998年1月25日京都2400mエリモダンディー牡42:26.3
第46回1999年1月24日京都2400mメジロブライト牡52:31.4
第47回2000年1月16日京都2400mマーベラスタイマー牡62:24.3
第48回2001年1月14日京都2400mステイゴールド牡72:25.8
第49回2002年1月13日京都2400mトップコマンダー牡52:26.4

第40回からを纏めましたが、競馬場も距離も京都2400mに復帰し、開催時期も1週間程度ズレを迎えました。この時代の主な勝ち馬としては、

  • 1999年【メジロブライト】 59.5kg
    有馬記念2着からの挑戦で、エモシオンにクビ差での勝利。天皇賞春以来の勝ち鞍で結果的に生涯最後の優勝となった。
  • 2001年【ステイゴールド】 58.5kg
    目黒記念に次ぐ重賞2勝目。続くドバイシーマクラシックで重賞連勝。年末には香港ヴァーズで悲願の初G1制覇。

などが重いハンデを克服していて印象的です。

その後も、非常に新年ながら渋いレースが続くようになっていって、例えば第50回からを纏めますが、

第50回2003年1月19日バンブーユベントス牡42:25.8
第51回2004年1月18日シルクフェイマス牡52:24.5
第52回2005年1月16日サクラセンチュリー牡52:29.0
第53回2006年1月15日アドマイヤフジ牡42:26.3
第54回2007年1月14日トウカイワイルド牡52:27.4
第55回2008年1月20日アドマイヤモナーク牡72:27.4
第56回2009年1月18日テイエムプリキュア牝62:26.6
第57回2010年1月17日メイショウベルーガ牝52:24.4
第58回2011年1月16日ルーラーシップ牡42:24.6
第59回2012年1月15日トゥザグローリー牡52:23.7

といった具合に、クラシックディスタンスでハンデ戦という条件のもと、どちらかというと古馬路線で長く活躍してきた馬(明け4歳馬よりも5歳以上の活躍が目立つ)レースとなっていました。しかし、2013年からは4歳馬が5連勝を遂げるなど10年間で8勝したりもしています。

第63回2016年1月17日京都2400m112.75レーヴミストラル牡42:25.9
第64回2017年1月17日京都2400m110.25ミッキーロケット牡42:25.7
第65回2018年1月14日京都2400m113.50パフォーマプロミス牡62:26.3
第66回2019年1月13日京都2400m113.25グローリーヴェイズ牡42:26.2
第67回2020年1月19日京都2400m104.25モズベッロ牡42:26.9
第68回2021年1月17日中京2200m110.00ショウリュウイクゾ牡52:11.8
第69回2022年1月16日中京2200mヨーホーレイク牡42:11.7

2016年以降のレースレーティングをみても、基本的には「G2の基準:110ポンド」を上回っているのですが、2020年に限っては「G3の基準:105ポンド」すらも下回る恐ろしい低評価を下されていることも見過ごせません。

2020年に関しては、最高斤量もレッドジェニアルの56kg(1番人気7着)で、勝った【モズベッロ(大阪杯2着など)】も当時はまだ3勝クラスで4着と敗れるほどの馬であり、ハンデ戦に格上挑戦して52kgの斤量にも恵まれての優勝でした。
同馬唯一の重賞勝ちであり、掲示板に載った馬も重賞未勝利なうえ、牡馬ながら斤量が51~55kgだったことを思うと、確かに「リステッド競走」ぐらいのレベルしかなかったのかも知れませんね。

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