県庁所在地などの『観測史上最低気温』記録を纏めてみた

県庁所在地に住んでいるんだけど、『過去最低気温』ってどれぐらい前に何度を記録したの?

こんな質問にお答えするために、全国47都道府県庁所在地(+α)の気象庁観測点における『過去最低気温』について調べて、時代ごとに纏めてみました!

昔は今とは比較にならないほど寒く、信じられない様な数字が並んでいるかと思いますが、そういった情報がどこかで役立つかも知れませんし、流石にここまでの低温はなくても、ここ十数年というスパンでの最低気温を更新するような寒波は2023年のように令和の時代に訪れてもおかしくありません。

ぜひ極寒の日が、強烈な寒波が訪れる前に、一度この記事でご確認いただければと思います。早速みていきましょう~

明治時代:東京-9.2℃、旭川-41.0℃ほか

東京では最低気温が氷点下となる「冬日」でも時としてニュースになるぐらいですが、観測史上最低は古く明治9年(1876年)の「-9.2℃」というものが公式記録となっています。そもそも1870年代に現在の気象庁が観測をしていた地点というのは全国でも数えるほどしかありませんが、約150年前の記録を塗り替えることは現代ではまず考えられないという点で、最低気温の記録には凄まじいほどの歴史があります。

  • 1876年1月13日:東京(-9.2℃)
  • 1888年2月5日:秋田(-24.6℃)
  • 1891年1月16日:京都(-11.9℃)、1月29日:函館(-21.7℃)、山形(-20.0℃)、2月4日:福島(-18.5℃)

以上の地点などは19世紀の記録が現在でも最低気温の記録となっています(もちろん、19世紀から観測を続けているという意味でも貴重な訳ですが)。それでも、東北地方で-20℃付近、京都で-11.9℃というのは想像を絶しますよね。

そして、恐らく全国の最低気温の中で最も著名なのが、この1902年1月下旬に起きた『旭川』における-41.0℃でしょう。

  • 1902年1月24日:宇都宮(-14.8℃)、1月25日:旭川(-41.0℃)

ちなみに寒冬であると同時に統計上最大の冷夏年でもある。また、1月23日に出発した青森歩兵第5連隊は1月24日2時半に帰投するため露営地を出発したが果たせず、約140名中最終的に生き残ったのが11名という事件「八甲田雪中行軍遭難事件」となった。

寒冬
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
  • 1904年1月26日:宮崎(-7.5℃)、1月27日:金沢(-9.7℃)、福井(-15.1℃)、(-7.8℃)、彦根(-11.3℃)

ちなみに、トリビア的にウィキペディアを引用しておきますと、

順位気温観測地点起日
1位-41.0°C北海道石狩国上川郡旭川町(現・旭川市)※1902年1月25日
2位-38.2°C北海道河西郡下帯広村(現・帯広市)※1902年1月26日
・以前の日本領という範囲では、南樺太の樺太豊栄郡落合町1908年1月19日に観測された-45.6°Cという記録もある。

大正時代:福岡-8.2℃、那覇4.9℃ ほか

大正時代に入ると、近畿以西と首都圏での観測例が並んでいます。「那覇」の4.9℃というのも、昨今の気温分布からすると(現地にとっては)あり得ないほどの低温です。

  • 1913年2月12日:松山(-8.3℃)
  • 1915年1月14日:長崎(-5.6℃)
  • 1917年12月28日:広島(-8.6℃)
  • 1918年2月19日:大分(-7.8℃)、2月20日:那覇(4.9℃)
  • 1919年2月5日:福岡(-8.2℃)
  • 1921年1月16日:甲府(-19.5℃)
  • 1923年1月3日:前橋(-11.8℃)、2月28日:鹿児島(-6.7℃)

1917年 – 1918年:「大正7年豪雪」も参照
西日本を中心に寒冬となり、特に九州では1963年・1936年等と並んで観測史上最も寒い冬の一つである。福岡では12月30日に観測史上最大の積雪30cm、1月平均気温が過去最低の2.2°Cを記録した。

1921 – 1922年
1月に北海道で記録的低温。帯広の平均気温 -16.6°C(最高平均 -6.7°C/最低平均 -26.4°C)、旭川の平均気温 -16.3°C(最高平均 -10.3°C/最低平均 -24.0°C)、札幌の平均気温 -10.2°C(最高平均 -4.8°C/最低平均 -16.6°C)はいずれも歴代最低。他、北日本、東日本各地で歴代最低の平均気温を観測(釧路 -11.5°C、秋田 -4.4°C、宮古 -4.1°C、石巻 -3.5°C、つくば -1.1°C、東京 0.6°C、新潟 -1.4°C、飯田 -2.7°C)。しかし2月は一転して記録的高温になった。

寒冬
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

『豪雪』などとして語り継がれる1917~18年の事例などのほか、1921~22年のように『平均して寒い冬』というのも印象的だったかも知れません。

昭和時代:横浜-8.2℃、名古屋-10.3℃ ほか

まずは戦前からみても、横浜で-8.2℃、名古屋で-10.3℃、札幌で-28.5℃などを観測した1920年代も、幾度も恐慌に襲われた1930年代も、戦争が激化した1940年代前半も、非常に厳しい寒さだったことが窺えます。

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  • 1927年1月24日:横浜(-8.2℃)、岐阜(-14.3℃)、名古屋(-10.3℃)
  • 1929年2月1日:札幌(-28.5℃)、2月11日:熊本(-9.2℃)
  • 1931年2月18日:根室(-22.9℃)、2月23日:青森(-24.7℃)
  • 1934年1月24日:長野(-17.0℃)
  • 1942年2月12日:新潟(-13.0℃)
  • 1943年1月13日:佐賀(-6.9℃)
  • 1944年1月30日:稚内(-19.4℃)
  • 1945年1月26日:盛岡(-20.6℃)、仙台(-11.7℃)、1月28日:和歌山(-6.0℃)、大阪(-7.5℃)、高松(-7.7℃)、2月9日:徳島(-6.0℃)

これが人間の営みによる影響があったのかは分かりませんが、終戦を迎えることとなる昭和20年の1月あたりが記録的な寒冬だったことは、庶民にとって寒冷期をより過酷さ増すものとしたことでしょう。

平均気温は南西諸島を除き平年より3 – 4°C以上も低く、気象庁の統計開始以来現在までで最も寒い冬となっている。ピーク時は平年を10°C以上下回る日が連続し、多くの地点で積雪記録を更新し長野県富山県の一部では7mを超えた。北海道雄武北見枝幸では92日連続の真冬日(富士山頂以外では最長記録)を記録した。全国各地で歴代最低平均気温を記録。

( 同上 )

戦後については少し注意が必要な部分もあるので、そこも補いながら見ていきます。皆さんもニュースなどで特に注意して欲しいのが『統計開始がいつか』という観点です。

『観測史上最も寒い』と平気で報じていても、実は観測開始が2009年で十年ちょっとの中で最低みたいなトリックはザラにあるのが昨今のローカルニュースの原稿です。しかし恐らく我々が『観測史上最も』などと枕詞が付いていたら、少なくとも昭和ぐらいからのデータだと想像することでしょう。

1947年1月29日:富山(-11.9℃)

1952年2月5日:水戸(-12.7℃)

1960年1月25日:静岡(-6.8℃)

1967年2月12日:千葉(-5.2℃)

1977年2月16日:奈良(-7.8℃)、2月17日:高知(-7.9℃)、2月18日:山口(-8.9℃)、2月19日:松江(-8.7℃)

1976 – 1977年:この寒波は戦後日本に襲来したものでも最強クラスの寒波で、1981年2月下旬寒波や2016年1月下旬寒波と並び戦後屈指の猛烈寒波と称される。

( 同上 )

1981年2月26日:鳥取(-7.4℃)、2月27日:大津(-6.6℃)、神戸(-7.2℃)、岡山(-9.1℃)

2月末には大寒波が襲来し、特に西日本を中心に記録的な冷え込みとなった。富士山では2月27日に観測史上最低の-38.0°Cを記録した。各地の最低気温は阿蘇山 -15.9°C、岡山 -9.1°C、神戸 -7.2°Cなど。この寒波は戦後日本を襲来したものでも猛烈な寒波で、1977年2月中旬の寒波とともに戦後屈指で最強クラスの寒波である。

( 同上 )

上に示したデータは確かに強い寒波が襲ったり異常低温だったりしたことは事実なのですが、例えば、「静岡」や「千葉」、「山口」といった著名な都市の観測点であっても実は他に測候所などがあった関係で統計開始は昭和以降だったりする事が結構あるのです。これがすなわち何を意味するかと言えば、『あくまでも昭和以降の統計で最も寒い冬』みたいな地点が上のデータに幾つか含まれているのです。

例えば、「山口」での1977年の-8.9℃というのは統計上の最低気温とされていますが、少し西の「下関」という観測点では明治時代にも1977年に匹敵する低温を記録していますから、ひょっとすると「山口」でも統計開始の1966年より昔には-9℃以下の異常低温があったかも知れないのです。

平成時代:さいたまが2018年に記録更新した本音?

そういった観点でいくと、平成時代に記録更新した地点は殆どありません。それだけ、明治・大正時代の方が遥かに寒く、大正以前の記録のない地点でも昭和時代の記録が上位を独占しているからです。 全国で観測されるようになった「アメダス」が、1970年代から一斉に設置されていったこともあって、人が観測していた測候所などでない地点の多くは、上記の昭和50年代の大寒波の時に記録したものが『観測史上最低気温』となっていることでしょう。

一つ目の例外として挙げたのが「伊豆大島」などの伊豆・小笠原諸島です。観測時期も昭和以降の地点ばかりではあるのですが、結構20世紀の後半に『史上最低気温』を観測した地点が多い印象を受けました。代表して「伊豆大島」で何と-4℃を記録したことがあるのですが、それは1996年のことでした。

ほとんどが暖冬年の1990年代において唯一の寒冬(ただし、1992年の沖縄県、1997年の西日本以南、1998年の北海道など、地域別に見ればこの年だけではない)となり日本海側山間部で雪が多く東日本(平年比 -0.8°C)、西日本(平年比 -1.0°C)、南西諸島(平年比 -0.6°C)で冬の平均気温を下回った。
11月から寒い日が続き12月25日にはクリスマス寒波となり三重県四日市市では翌26日にかけて記録的大雪に見舞われ、26日には最深積雪53cmを記録した。

( 同上 )

そして、全く想像していない方も多いでしょうが、最後にご紹介する直近例というのが、何と首都圏。「さいたま市」です。2018年1月26日に氷点下9.8℃を観測しています。

これも実は「千葉」などと同様……というかそれ以上に観測の歴史は浅く、「浦和」だった時代を含めてみても1977年統計開始なため半世紀にも満たないのです。

ではなぜ「さいたま」がアメダス観測点なのかといえば、長らく埼玉県では、「熊谷」と「秩父」という2測候所体制が続いていたからです。併せて、「東京」が近くにあったため、現在の「さいたま市」に人を配置する観測施設を設けなかったとも言えるでしょう。これは震度観測でも長らく同じでした。

恐らく周囲の環境からみて、昭和以前には「さいたま」で氷点下2桁気温に達したことはあったのだろうと想像は出来ますが、一応今の気象庁の統計データ上はこの2018年の値が最低気温となっています。

全国的に3か月を通して低く、3年ぶりの寒冬となった。特に西日本では1986年以来32年ぶりの寒さとなった。2月7日には福井市で37年ぶりとなる147cmの積雪を観測した。また1月下旬にはさいたま市で-9.8°C、東京都心で-4°Cを記録し、低温注意報も発令された。

( 同上 )

もちろん、関東で低温注意報が出されるような2018年は近年稀にみる寒さだった訳ですが、情報の受け止め方としてこういった背景があることは、最低気温に限らず私が普段から言っている「地震の震度」などにも共通して言えることですので、ぜひ興味があれば他の記事もご覧になって下さい。

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