「プレバト!!」の『妣 (はは)』俳句をまとめてみた

【はじめに】
この記事では、「プレバト!!」において俳句の世界でよく使われるはは』(=亡くなった母のこと)が使われた事例を振り返っていきます。

2016年、夏井先生の添削で初登場

「亡き母」を偲ぶ思いは、古今東西を問わず詩歌に詠まれてきました。俳句初心者から中級者にかけてはは』(=亡くなった母のこと)という表現を知ったときに、『使ってみたい!』という思いになった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

「プレバト!!」の中で初めてこの「妣」の字が登場したのは、おそらく2016年5月12日放送回ではないかと思います。俳句査定が始まった2年半といったタイミングです。凡人の句の添削例でした。

凡人60点:夏樹陽子
『母の居ぬ隣座席に置く新茶』

の居ぬ旅の車窓の新茶かな

原句は、女優・モデル・デザイナーの夏樹陽子さんの句で、60点ということもあってそれなりの出来となっていますが、ご本人の弁などを聞いて、夏井先生が句の内容を肉付け・具体化させていく過程で、『妣』の字が登場しました。

  • 『隣座席』から『旅の車窓』とすることで、日常生活の車の助手席などではなくて、旅をしている詠者の隣の座席(空席)であることが分かります。
  • それと同じように、『母の居ぬ』ではお手洗いなのか現地解散なのか色々な読みが出てきますが、『妣』(=亡くなった母)とすることで『居ぬ』という動詞の描く状況のピンポイントさが格段に上がります。

この頃はまだ今のように名人・特待生を相手にした本格的な添削ではなかったかと思いますが、こうして手を抜かず『妣』という表現を地上波ゴールデンタイムで示したことに一定の意味があったように思います。

『妣』にまつわる豆知識

この『妣』という漢字で『亡くなった母』を意味する歴史はそれなりに古くて、手元の漢和辞典などを見ても、甲骨文字の時代に源流があり、中国・日本を問わず天子などを含めた高貴な人間にも使われてきたとのことです。

ちなみに、亡くなった父親を指す表現として『考』があり、熟語で『考妣』となると亡くなった両親を指すのだそうです。『妣』の方が用例はありますが、『考』もセットで知識として持っておくと良いのかも知れません。

普段はあまり見かけない『考妣』という表記を俳句ではどうしてよく用いるのかといえば、単純明快、音数の節約などに繋がるからです。

例えば、『もういない母』とか『今は亡き母』とかストレートな言い方から、『母偲ぶ』とか『遺影の母』とかやや間接的な表現まで、いずれも音数を使って母が亡くなったことの説明をしたくなるのが、俳句初心者あるあるです。

しかし、『亡くなった母』を『妣』という漢字表記だけで音数を増やさずに説明できるとなれば、節約をした音数で更に情報を足したりすることが出来ます。上の夏樹さんの例のように、『母』という存命の方にも使う表現では伝えられなかった奥行きをもたせることも出来ます。

※中級者的な視点でいくと、『妣』と書く時点で、亡くなった母親のことを詩歌にしたためているのですから、わざわざ『偲ぶ』とか『懐かしい』とか『好きだった』とか『また会いたい』とかいった凡人が陥りがちな類想も避けることができます。『妣を偲ぶ』などとすると『頭痛が痛い』のような重言となりやすく、それに気づきやすくもなるのではないでしょうか。

2024年冬麗戦:非特待生で10位にランクイン

それからしばらく「プレバト!!」では『母』が幾度も登場しますが『妣』が登場するシーンは見受けられませんでした。時代が令和となり、2024年の冬麗戦。前年度の優秀句を詠んだ参加者に門戸が開かれた大会で、非名人・特待生が10位にランクインし、出場者の句として初めて『妣』が登場しました。

2024年冬麗戦10位 安藤和津
の忌や遺言だもの牡蠣フライ』

安藤和津さんは2023年4月に『色褪せし無人の木馬春しぐれ』と詠んで71点で1位を獲得。夏井先生に文句なしの高評価を得ていました。それでも一般参加者であり、名人・特待生を下して全体の10位にランクインしたことは大きな功績だったと言えます。

夫である奥田瑛二さんは、夏井いつき先生と共著を出されたこととも相前後して、夫婦揃って夏井先生と接点ができたことは偶然の一致ですが興味深くもありました。

さて、『妣』のもとになったと思しき安藤和津さんのお母様との関係については下のWikipediaの画像引用をお読みください。ここから先は句そのものについて触れていきます。

句を再掲しましたが、中七の『だもの』という口語が全体をよく締めています。そして、下五に来る食べ物が精進落としなど祭事に思い出される質素で薄味な食べ物ではなく、『牡蠣フライ』だったことも意外性があって面白いです。

2024年冬麗戦10位 安藤和津
の忌や遺言だもの牡蠣フライ』

この句が10位にとどまった要因、そして添削が入れられた箇所が、この記事をここまで詠んできた貴方なら分かるのではないでしょうか?

『妣』が亡くなった母を示すんだったら、
『忌』と情報が被っちゃわないかしら?

と思った方は、梅沢のおっちゃんと同じく冴えておられます。夏井先生もそこに触れていました。添削例として、『母の忌や』と普通の母でも良いとしたり、あるいは『母の通夜』などともできると示されていました。『妣』の字を効果的に使えるかは中級者以上を目指す上で重要となってきます。

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