【はじめに】
この記事では、私の「Rxヒット指標」に基づき歌手/アーティストのヒット曲を振り返っていきます。今回取り上げるのは「尾崎豊」さんです。
尾崎 豊(おざき ゆたか、1965年11月29日 – 1992年4月25日)は、日本のシンガーソングライター。青山学院高等部中退。血液型はB型。身長178cm。既婚。
尾崎 豊
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Rxヒット指標にみる「尾崎豊」さんの人気曲
まず、私(Rx)のヒット指標による「尾崎豊」さんの代表曲をみていきましょう。(↓)
以下、50万ptを超えている楽曲をピックアップして取り上げていきます。
4位:60万pt(1983年)『15の夜』
「15の夜」(じゅうごのよる)は、日本のシンガーソングライターである尾崎豊の楽曲。英題は「THE NIGHT」(ザ・ナイト)。
1983年12月1日にCBSソニーから1枚目のシングルとしてリリースされた。作詞・作曲は尾崎が行い、プロデュースは須藤晃が担当している。
ファースト・アルバム『十七歳の地図』(1983年)と同時リリースされたデビューシングルであり、尾崎が14歳の時に家出を行った経験をもとに制作された曲。しかし後年、尾崎の父である尾崎健一は尾崎本人ではなく友人の家出を題材とした曲であったことを明らかにしている。また歌詞中にあるバイクを窃盗する描写について尾崎の同級生は、「尾崎はバイクを盗んだことはない」と述べている。
15の夜
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
3位:65万pt(1985年)『卒業』
「卒業」(そつぎょう)は、日本のシンガーソングライターである尾崎豊の4枚目のシングル。英題は「GRADUATION」(グラデュエーション)。
1985年1月21日にCBSソニーからリリースされた。作詞・作曲は尾崎が行い、プロデュースは須藤晃が担当している。前作「はじまりさえ歌えない」(1984年)からおよそ5か月ぶりのリリースとなった。2枚目のアルバム『回帰線』(1985年)からの先行シングルであり、尾崎としては初の12インチシングルとなった。尾崎の同級生の体験をもとに歌詞が制作され、最後にサビがリフレインしながら異なる展開に発展するなど既存の楽曲の形式を破った曲であるとも言われている。
オリコンチャートでは最高位20位となり、尾崎の作品として初のランキング入りを果たした。この曲のヒットにより尾崎は反抗する10代の象徴的な存在となった。リリース当時は歌詞中の過激な表現に注目が集まり、実際に校舎の窓ガラスを割る行為などを行う若者が出現したことで問題作とされた。また尾崎自身は後にそのような影響について「罪の意識を感じる」と述べている。
卒業 (尾崎豊の曲)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
個人的には、上記2曲は知名度の割に得点が伸びていないのが寧ろ意外でした。
2位:220万pt(1983年)『I LOVE YOU』
「I LOVE YOU」(アイ ラブ ユー)は、日本のシンガーソングライターである尾崎豊の楽曲。
1991年3月21日にCBS・ソニーから11枚目のシングルとしてリリースされた。作詞・作曲はおよびプロデュースは尾崎が担当しており、前作『永遠の胸』(1991年)から2か月ぶりのリリースとなった。元々は1枚目のアルバム『十七歳の地図』(1983年)の収録曲であり、アルバムリリースから8年後に改めてリカットされる事となった。
ピアノ演奏をメインとした若い男女の切ない恋愛をテーマとしたバラードソング。アルバム『十七歳の地図』制作中に曲数が不足したため、プロデューサーの須藤晃から依頼されて尾崎が1日もしくは2日で完成させた楽曲。1991年のシングル盤のジャケットは尾崎および田島照久が担当している。
オリコンチャートでは最高位5位であったが売り上げ枚数は48.4万枚となり、生前の尾崎のシングルとしては最大の売り上げ枚数となった。生前のライブではほぼ欠かさず演奏されており、またアンコールとして終盤に演奏される事が多かった。JR東海「ファイト! エクスプレス」を始めとして様々なコマーシャルソングとして使用された。後に宇多田ヒカルやコブクロ、玉置浩二などの著名なミュージシャンによってカバーされている。
I LOVE YOU (尾崎豊の曲)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1位:245万pt(1994年)『OH MY LITTLE GIRL』
「OH MY LITTLE GIRL」(オー・マイ・リトル・ガール)は、日本のシンガーソングライターである尾崎豊の14枚目のシングル。
1994年1月21日にソニー・ミュージックレコーズからリリースされた。作詞・作曲は尾崎、プロデュースは須藤晃が担当、前作「15の夜 (ライブ)」(1993年)からおよそ9か月ぶりのリリースとなった。元々は1枚目のアルバム『十七歳の地図』(1983年)の収録曲であり、アルバムリリースから11年後に改めてリカットされる事となった。
初期の尾崎があまり使用しなかったコード進行の曲であり、須藤は本作の歌詞に関して冬の並木道を若い男女が二人で一つのマフラーをしながら歩いているイメージであると述べている。制作当時は尾崎らしくない曲であるとして、アルバム『十七歳の地図』においても不遇の扱いを受けていたが、尾崎自身は名曲であると自画自賛していた。
オリコンチャートでは最高位1位を獲得、売り上げ枚数は107.8万枚を記録しミリオンセラーとなった。尾崎のシングルでは唯一の1位獲得作品となり、また最大のヒット曲となった。
OH MY LITTLE GIRL
様々な作品の主題歌としても使用され、フジテレビ系テレビドラマ『この世の果て』(1994年)にて使用された他、映画『LOVE SONG』(2001年)および『ホットロード』(2014年)にて使用された。後に河村隆一や広瀬香美、Toshlなどの著名なミュージシャンによってカバーされている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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