「Rx紅白歌合戦」第1~20回(1926~1945年)【妄想企画①】

【はじめに】
この記事では、私(Rx)が独断と偏見で決めた【妄想企画】「Rx紅白歌合戦」の曲順などを振り返ってまいります。各時代を彩ったヒット曲などを振り返る際のひとつの参考となれば幸いです。

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第1~20回の紅白トリ一覧

  • 緑が各回の「大トリ」、黄色は「初出場」でトリを飾ったことを表す

戦前(第1~11回)

第1回(1926年):大正15年記念放送

 設定上は昭和元年に入る前のどこかのタイミング(すなわち大正15年のうち)に、大正15年を祝って開催したとされる「第1回」。既に亡くなった方の音源で紹介したものは(*)印を付してある。

第2回(1927年):改元1周年の30分番組

 平成にも時代を越えて歌唱された『赤とんぼ』が初出。Rx児童合唱団は2大会連続の大トリを担当。
戦後にかけて9回出場の藤原義江が初出場でトリ(唯一)。

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第3回(1928年):行進曲とラジオ発のジャズ

 佐藤千夜子、天野喜久代、二村定一らが初出場。史上初の紅白両軍歌唱後の審査時間に、両軍の垣根を払ってのデュエット歌唱が実現(『私の青空』)。

第4回(1929年):春の海、君恋し、東京行進曲……

 複数回目の出場歌手が増加。翌年の歌会始を前に当番組で披露。更に後半は、東西の行進曲に対して昭和の後半にも話題になる『蒲田行進曲』や『君恋し』で白組が応戦。グループ出場や当時まだ小学生だった童謡歌手・平井英子も登場。

第5回(1930年):『酋長の娘』が初出場で大トリ

 8回出場する徳山璉が初出場。中盤以降、和風を重視する紅組に対し、白組は東西織り交ぜた布陣で真っ向勝負。白組トリは宮城道雄の『春の海』が凱旋的に演奏。非歌手のトリは稀。紅組の大トリは、富田屋喜久治(+石田一松)の『酋長の娘』。

第6回(1931年):正体隠す新人・藤山一郎

※この企画では、原則、出場者や関係者は比較的当番組に好意的で、時代も味方してくれるものと設定しています。そのため、史実と異なることが多々ある点はご承知おきください。(ヒット曲を一定程度曲目リストに表示させるための措置です)

 正体不明(?)の新人・藤山一郎が天野喜久代を抑え大トリで初出場。なお、10度出場(うち5回がトリ)する小唄勝太郎も前半に登場。

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第7回(1932年):ちゃっきり節、月の沙漠、影を慕いて

 前年惜しくも落選した「四家文子」が初出場。また、後に松島詩子となる柳井はるみが『月の沙漠』で後半出場。トップバッターは市丸 vs 中野忠晴という昭和前半に出場回数を重ねる両者の初出場対決で幕を開けた。なお、この年以降、軍歌などが目立って登場し始める。
 そして、年前半に停学処分を受けた藤山一郎が特例を認められ2年連続の出場。前年は紅組で歌われた『影を慕いて』で白組トリを担当。

第8回(1933年):大ヒットの『東京音頭』を直前で抑え……

 同年12月23日に後の上皇陛下がお生まれになったことを受け、奉祝歌『皇太子さまお生まれなつた』が音源発売の半月前に大トリ歌唱。空前の大ヒットの『東京音頭』と順番を入れ替える格好となった。

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第9回(1934年):ディック・ミネ、東海林太郎が初出場

 紅組は初出場なく安定感ある布陣。白組は後半にディック・ミネと東海林太郎が初出場。トリは2曲ずつを披露した。また、中盤には市丸・藤山一郎のデュエットが挟まれる演出も。

第10回(1935年):記念大会に淡谷のり子、音丸、高田浩吉ら

 昭和10年を兼ねた記念大会。紅組のトップバッターは平成元年までで22回出場する「淡谷のり子」。その他、紅組では星玲子、関種子、音丸が初出場。白組はトリ前に歌う映画スタアの高田浩吉が出演。いわゆる『朝ドラ』でエピソード初期的に取り上げられる時代に差し掛かる。

第11回(1936年):放送枠拡大、エノケン初出場

 日中戦争開戦の前年ながら活況の音楽業界を反映するかのように、出場歌手が5割増しで、放送枠も大きく拡大。ハイライトは白組唯一の初出場歌手となった「エノケン」こと榎本健一。大トリの藤山一郎は大ヒット曲『東京ラプソディ』で会場を沸かす。
 一方、紅組では美ち奴などが当時話題になったが、後から振り返ってみると、21回出場(紅組トリ5回)の渡辺はま子や16回出場の二葉あき子が初出場している。

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戦中・終戦(第12~20回)

第12回(1937年):『国民歌謡』開始、男女合唱隊がトリ後に歌唱

 盧溝橋事件から半年弱で開催された第12回は、前年から更に枠を8つ増やし出場は32組。19回出場で7回トリを飾る霧島昇が前半で初出場。現代の「みんなのうた」にも繋がるか、『国民歌謡』の特集が中盤に組まれ、大トリには淡谷のり子の『別れのブルース』が歌唱。
 しかし、両軍のトリの後に男女の合唱隊が「愛国」を冠した曲で締めたほか、前半には戦時下を意識させる楽曲たちによる特集も組まれた。本記事内ではここからを『戦中』と分類した。

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第13回(1938年):大ヒット『旅の夜風』で締め

 前年からの傾向は続くが、終盤には渡辺はま子による『支那の夜』に楠木繁夫の『人生劇場』、白組トリは東海林太郎の『麦と兵隊』から大トリはデュエットで大ヒット曲の『旅の夜風』。太平洋戦争前は、歌謡曲をトリなどに据えるなど芸能局側が矜持を見せる。 ※なお、出場組数は前年から減って(もとに戻り)26組に。

第14回(1939年):バタヤン、オカッパルが初出場

 白組初出場には、早世の名手・北廉太郎、21世紀まで歌い続けた田端義夫、そしてトリ前には岡晴夫が初登場。紅組は渡辺はま子、白組は霧島昇がトリを飾り、出場組数はやや減少も、今で言うメドレー形式を増やすことで対応した。

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第15回(1940年):紀元2600年~笠置シヅ子『ラッパと娘』

 前半から豪華で、徳山璉の『隣組』、高峰三枝子の『湖畔の宿』、灰田勝彦の『燦めく星座』が今で言う前半トリ。中盤のショータイムは『紀元二千六百年』を祝った後、笠置シヅ子が初出場で『ラッパと娘』を披露。後半は(実現できる状況だったかは別にしても)李香蘭の『支那の夜』など大陸を強く意識した選曲に。

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第16回(1941年):開戦の3週間後の放送、『捧ぐ』が初登場

 1941年12月8日の大東亜戦争開戦から3週間後の放送。当局に認められた歌唱は大半が紅組に限られている。そうした中で高峰秀子が初登場し『煙草屋の娘』を歌った。
 また、トリ歌唱後には皇国軍楽隊が演奏した際には、『~~先生に捧ぐ』形式が初めて用いられた。

第17回(1942年):小畑実が初出場

 13回出場する小畑実が『婦系図の歌(湯島の白梅)」で初出場。但し、世相に配慮し前半2組目での登場となった。灰田勝彦や小唄勝太郎らは『歌合戦』の企画趣旨を踏まえ歌唱が認められた。

第18回(1943年):紅組は「第九」トリ。灰田唯一のトリ

 前半には『南から南から』や『勘太郎月夜唄』が歌唱。後半は異例にも四家文子が『第九』でトリを飾り、また大トリは灰田勝彦が唯一のトリを『加藤隼戦闘隊』で飾る。

第19回(1944年):子供向けの楽曲も盛り込まれる

 10月に戦艦武蔵が沈没、11月にB-29が東京を初空襲、12月7日には昭和東南海地震が起こるなど、現実にはとてもこの番組を開催する情勢的な余裕はなかったものと思われる。

 マニラ、ラバウルといった地名や、李香蘭による『夜来香』歌唱、そして特筆すべきは子供向け楽曲を採用した点か。トップバッターに1933年の「のらくろ」以来とも思われる「フクちゃん」が歌唱されると共に紅組トリは『お山の杉の子』だった。

第20回(1945年):終戦半年、出場歌手の確保にも苦心

講和条約の締結までは「紅白音楽試合」と命名されたとされるが、ここでは「紅白歌合戦」に統一して表記する。また、『2年続けて同じ番組を放送するものは無能』という概念はなく、戦後は一貫して大晦日に放送された設定となっている(但し、時間帯は23時台にかからない年も多かった)。

 本家の「紅白音楽試合」を意識して、過去19回の歴史を踏まえた人選とした。川田正子の歌う「汽車ポッポ」の逸話や並木路子・霧島昇のデュエットで幕を閉じる『リンゴの唄』などは、戦後の到来を予感させるものとして取り入れた。

(↓)続き(第21回:1946年~)はこちらからどうぞ

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