「茨城県南部」を震源とする地震についてまとめてみた

【はじめに】
この記事では、気象庁の「震度データベース検索」を利用して、「茨城県南部」を震源として起きた、過去の地震についてまとめていきます。

関東地方住み なんですけど、「茨城県南部」って多くないですか?

そんな疑問に、過去どれぐらいの頻度で起きているのかを知るだけでも、不必要に恐れずに済むかも知れません。適切な対応、心積もりをする一助になれば幸いです。早速見ていきましょう。

有感地震:10年で大体200回前後 → 2010年代は倍増

震度1以上の地震を「有感地震」といいますが、気象庁の「震度データベース検索」で『茨城県南部』を震源とする地震(規模:マグニチュードが特定されているもの)の回数を10年代ごとに纏めると以下のとおりです。

気象庁 震度データベース検索 >
・地震の発生日時 : 1920/01/01 00:00 ~ 2019/12/31 23:59
・地震の規模 : M 0.1 以上、M 9.9 以下
・震央地名 : 茨城県南部
・地震回数の集計 : 年代別回数

1920年代から2000年代まで、震度観測点や観測方法に変化があるものの、有感地震の回数は、150回から300回弱で推移しています。単純平均をすると、年間25回程度となり、均すと「月に2回程度」となるのかも知れません。

それが2010年代に入ると、「東日本大震災」直後に有感地震の回数が文字通り倍増し、574回を記録しました。これは「ほぼ毎週のように」茨城県南部で有感地震が起きているという計算となりますね。

気象庁 震度データベース検索 >
・地震の発生日時 : 2000/01/01 00:00 ~ 2021/12/31 23:59
・地震の規模 : M 0.1 以上、M 9.9 以下
・震央地名 : 茨城県南部
・地震回数の集計 : 年別回数

2000年以降の年別回数をピックアップすると、東日本大震災の前は(2004年を除いて)20~30回台でしたが、2011年に149回を数え、その後は「30回台」が下限となるトレンド変化が起きています。

M4以上:50~100回程度で推移

M3以上の「小規模地震」とすると、上の図と9割方同じなので、もう少し規模を大きくして、M4以上としました。これまでで最も少なかったのが2000年代の59回で、2010年代は、1940年代に次ぐ久々の3桁回数となりました。

気象庁 震度データベース検索 > 「M4以上」として年代別回数を出力。震度6~7を消す加工を実施

もちろん、観測方法の違いはありますが、特筆すべきは震度4・5の回数の多さでしょう。

M5以上:実は今より昭和前半の頃の方が多かった

震度観測網や観測方法の違いがあるため、小規模な地震を「有感」として捉えられなかった可能性もあります。そういった影響が徐々に小さくなるのが、この中規模(M5以上)クラスではないでしょうか。

気象庁 震度データベース検索 > 「M5以上」として年代別回数を出力。震度6~7を消す加工を実施

2010年代は、半世紀ぶりに「16回」と倍増しての2桁になりましたが、実は、その昔(1920~40年代)の方が回数は多かったという事実もあります。これは「震度」だけを見ていては気づきにくい部分かも知れません。

これは、1921年に起きた「龍ケ崎地震」の一連の余震活動の名残を含んでいるものと思われますね。

M6以上:8例(大正と昭和で4例ずつ)

内陸地震としてはかなり大きな部類となる「M6以上」となると約100年で8回のみです。上の中でも、大正時代に4例、昭和時代に4例しかなく、平成以降は1例もないというのが少々驚きです。

気象庁 震度データベース検索 >
・地震の発生日時 : 1919/01/01 00:00 ~ 2021/12/31 23:59
・地震の規模 : M 6.0 以上、M 9.9 以下
・震央地名 : 茨城県南部
・検索結果地震数 : 8 地震 (「地震の発生日時の古い順」で検索)

大正時代:1921年「龍ケ崎地震」(M6.8)

当該地域で最も大きいのは、「龍ケ崎地震」などと呼ばれる1921年の地震で、従来「M7.0」の大地震などとされてきましたが、現在の「震度データベース検索」ではM6.8となっています。ちなみにこの時は、関東一円だけでなく長野県「飯田」でも震度4を観測し、北海道から鹿児島まで揺れの記録が残されているようです。

気象庁 > https://www.data.jma.go.jp/svd/eqdb/data/shindo/#19211208213130

2年後の1923年(関東大震災)直後にかけてM6以上の地震が4回(1923年11月の地震は霞ヶ浦・北浦の真北でやや震源位置が異なると推定)も起きていますが、当時の震度階級では本震でも震度4、余震は震度3となっています。

仮に現在もしこの地震が起きれば、全て緊急地震速報が出て首都圏は大混乱に陥るでしょうし、現行の気象庁震度階級でいうならば、少なくとも震度5強以上で、震度6クラスに達していてもおかしくないかと思います。

こうした地震が過去には起きている事をしっかりと把握しておく必要がありましょう。

昭和時代:1985年 … 「東京」で56年ぶりに「震度5(強震)」

昭和時代では1985年の地震が記録的です。「東京都千代田区大手町」の気象官署「東京」で、1929年以来56年ぶりに「震度5(強震)」を観測したとして、当時大きな話題となったのです。

気象庁 > https://www.data.jma.go.jp/svd/eqdb/data/shindo/#19851004212551

平成時代:2011年 … 最大は栃木県境付近のM5.9(震度5強)

平成時代でも「M5.5以上」の地震は7回発生していて、現行の震度階級となって以降の6例は、すべて震度5弱以上を観測しています。

気象庁 震度データベース検索 >
・地震の発生日時 : 1989/01/08 00:00 ~ 2021/12/31 23:59
・地震の規模 : M 5.5 以上、M 9.9 以下
・震央地名 : 茨城県南部
・検索結果地震数 : 7 地震 (「地震の規模の大きい順」で検索)

その中でも最も大きかったのが、東日本大震災の翌月(福島県浜通りの地震活動の翌週)に起きたM5.9・最大震度5強の地震です。この地震の震源は、千葉・埼玉県ではなく、栃木県との県境付近であり、我々がよく目にする「茨城県南部」の地震とはやや異なりますが、関東地方に大きな揺れをもたらしたという点では区別せずに紹介します。

※なお、厳密には、この地震で震度5強を観測した「鉾田市当間*」の観測点は、ほどなく停止されており、実態としては他の地点で観測した「震度5弱」が最大かも知れませんが、今回は割愛します。

これらの地震も、私の独自指標「旧震度」としては最大震度4相当となります。震央に近い「宇都宮」では震度4を観測していますが、このクラスの地震は過去にもあったと見る方が正確かも知れません。確かに「震度5強」を観測するのは現行では初めてでも、必ずしも表面的な記録が、史上初の事象とは限らない点には注意が必要でしょう。

《 まとめ 》

  • M6以上は平成以降発生していないものの、有感地震は2010年代に入って倍増
  • やや深い地震が中心なので、震央から離れていても揺れが広がる傾向
  • M4以上は毎週のよう、M5以上も時々発生しているので、不必要には慌てないように

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