【はじめに】
重賞競走の歴史を振り返りながら季節の移ろいを感じる「競馬歳時記」。今回は「エルムS」の歴史をWikipediaと共に振り返っていきましょう。
エルムステークスは、日本中央競馬会 (JRA) が札幌競馬場で施行する中央競馬の重賞競走(GIII)である。
競走名の「エルム」はニレ科ニレ属の植物の総称で、日本では特に北日本に多く、街路樹などとして用いられているハルニレを英名から「エルム」と呼んでいる。
エルムステークス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1990年代:函館・シーサイドSとして創設、第2回から札幌へ
1996年に、ダート路線(ダートグレード競走)整備の一環として創設された重賞競走。当初の名称は「シーサイドステークス」だったが、1997年より、施行場が函館競馬場から札幌競馬場に変更された際、名称も「エルムステークス」に変更して現在に至る。(函館・札幌の開催順が逆転したことによる)
( 同上 )
夏競馬とダート路線の充実を目指した重賞の創設の一貫として、1996年に新設されたダート重賞というのが「シーサイドS」でした。この年まで札幌→函館の順で開催されていたこともあり、この第1回「シーサイドS」は、1996年9月7日と秋競馬の最初の週に重なるタイミングでの開催でした。
初回は、5連勝中のタイキシャーロックが1番人気、初勝利から11戦中9勝だったメイショウアムールが2番人気に支持される中、重賞ウィナーの【キョウトシチー】が優勝。前年に最優秀ダートホースとなっていたライブリマウントはドバイからの復帰後調子を落としており8番人気の9着でした。
そして、翌1997年からは、現在の「函館→札幌」の開催順となり、競馬場から海が見えることが一つの押しポイントな函館開催ではなくなったことから、「シーサイドS」という名称の変更を余儀なくされ、「エルム(ニレ/ハルニレ)」を冠したレース名となりました。
かつてダートで開催されていた「札幌記念」が芝開催となって数年経った札幌競馬場。ダート重賞が戻ってきた第2回は、米2冠馬の弟である【バトルライン】が帝王賞3着からの巻き返しで優勝。その翌年は、過去2回惜敗してきた【タイキシャーロック】が59kgでも3度目の正直を果たして優勝します。
2000年代:アドマイヤドン9馬身差の圧勝!
2000年代頃までは、各地方競馬の有力馬が果敢に挑戦し、地方所属のジョッキーと共に中央制覇を目指していました。例えば、2001年には岩手のトーホウエンペラーと菅原勲騎手が2着と健闘しています。
そして、何より2003年(第8回)のエルムSは衝撃的でした。朝日杯FSを制し、菊花賞4着だった【アドマイヤドン】が、JBCクラシックを制してダート界に本格参戦すると、秋緒戦として選んだのがこのエルムS。59kgを背負うも、そのレースは圧巻。1.5秒差=9馬身差をつける大圧勝でした。
4角から直線入り口で先頭に並びかけると、残り200付近で単独先頭に立ち、そこからほぼ持ったままで『ぶっちぎり』のゴールイン。唖然とする強さでした。
2010~20年代:
2010年代に入ると、少しずつローカルGIIIの存在感に落ち着いてきます。例えば、2012年には59kgを背負って【エスポワールシチー】が出走しますが、4歳・56kgのローマンレジェンドにクビ差及ばずの2着となりました。これ以降、59kgでの出走馬は殆どいなくなり、勝ち馬の斤量を見ても、2014年のローマンレジェンドを除き、56~57kgばかりとなっています。
そして、2013年には函館競馬場での代替開催となり、フリートストリートがレコード勝ちを収めていますが、17回ぶりの開催でもレース名はシーサイドSに戻らず、「エルムS」のままで開催されました。
年 | レースR | 勝ち馬 |
---|---|---|
2016 | 108.50 | リッカルド |
2017 | 109.50 | ロンドンタウン |
2018 | 108.25 | ハイランドピーク |
2019 | 106.00 | モズアトラクション |
2020 | 108.00 | タイムフライヤー |
2021 | 109.00 | スワーヴアラミス |
2022 |
2016年以降の「レースレーティング」を上記表にまとめていますが、「GIIIの目安:105ポンド」を全ての年で上回っており、むしろ「GIIの目安:110ポンド」に近い値を多くの年で叩き出しています。
それでも、中央で開催される他のダートGIIIとほぼ同水準ですから、創設当初のような存在感は少し弱まってきてしまっている体感とも合っています。GI級ホースが挑戦してくれば、また少し状況が変わってくるかも知れません。
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