競馬歳時記【1月3週】「京成杯」

【はじめに】
重賞競走の歴史を振り返りながら季節の移ろいを感じる「競馬歳時記」。今回は「京成杯」の歴史をWikipediaと共に振り返っていきましょう。

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京成杯(けいせいはい)は、日本中央競馬会(JRA)が中山競馬場で施行する中央競馬重賞競走GIII)である。寄贈賞を受けている京成電鉄は、千葉県市川市に本社を置く鉄道会社。

京成杯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

昭和時代:成人の日のマイル重賞として創設

  • 1961年 – 4歳馬による重賞競走として創設、中山競馬場の芝1600m(外回り)で施行。
  • 1972年 – 流行性の馬インフルエンザの影響で3月に順延開催。
  • 1984年
    • 混合競走に指定され、外国産馬が出走可能になる。
    • グレード制施行によりGIIIに格付け。
( 同上 )

創設されたのは1961年のことで、1960年代は1月15日の「成人の日」に開催されることが多くありました。当時はまだ弥生賞もなく、この前の年までは「スプリングS」まで現3歳重賞が無いという時期。

1月に「京成杯」、2月に「きさらぎ賞」が創設され、現3歳馬が年明けに挑む重賞路線がようやく設定され始めるタイミングでした。「弥生賞」や「共同通信杯」、「シンザン記念」などが設けられるよりも前に立てられたのがこの「京成杯」だったのです。

初期は牝馬からの活躍馬が多く、第2回を勝ったオーハヤブサや、第4回で1番人気ながら最下位に敗れたカネケヤキはどちらもオークスを勝っています(カネケヤキは桜花賞との2冠)。そして昭和40年代に入ると、

第5回1965年1月15日中山メジロマンゲツ牝31:38.5
第6回1966年3月20日中山スピードシンボリ牡31:40.2
第7回1967年1月15日中山ホウゲツオー牡31:39.3
第8回1968年1月14日中山ライトワールド牡31:39.6
第9回1969年1月12日中山ギャロップ牡31:39.2
第10回1970年1月11日東京アローエクスプレス牡31:37.1
第11回1971年1月15日東京ヤシマライデン牡31:38.1
第12回1972年3月19日中山ヒデハヤテ牡31:35.8
第13回1973年1月14日東京カミノテシオ牡31:37.2

といった馬たちが勝つようになります。有馬記念を制した【スピードシンボリ】や「AT対決」で盛り上げた【アローエクスプレス】、「花の47年組」で注目され1分35秒台を叩き出した【ヒデハヤテ】といった注目馬たちが名を連ねているように、明け3歳馬の調子を占う意味でも楽しみなレースでした。

1970年代には「東京競馬場」で年をあけることが多かった関係で、東京マイル重賞だった時期も長かった「京成杯」ですが、この1970年代中盤には著名な馬が連続して勝っています。

第15回1975年1月12日東京テスコガビー牝31:37.5
第16回1976年1月11日東京クライムカイザー牡31:36.4
第17回1977年1月16日東京ヒシスピード牡31:36.7
第18回1978年1月15日東京タケデン牡31:37.1
第19回1979年1月14日東京ファーストアモン牡31:37.3
第20回1980年1月13日中山ハーバーシャレード牡31:42.1
第21回1981年1月11日中山テンモン牝31:36.8
第22回1982年1月10日中山アスワン牡31:36.7

再び牡馬を相手に4連勝とした女傑【テスコガビー】や、TTG世代のダービー馬となる【クライムカイザー】、そしてマルゼンスキーに敗れて年を越した【ヒシスピード】といった具合です。いずれも本番のクラシックを前に注目度の高まるレースとなりました。

1970年代からの19年間(昭和後期)で、1番人気が13勝、2番人気も3勝するという抜群の安定感を誇るレースであったことも今となっては新鮮に映るかも知れません。

平成・令和時代:有力馬は年明けを休む傾向に……

但し、年末の重賞・G1が拡充された平成年間ともなると、年明けもバリバリ戦っていく明け3歳馬はめっきり減っていき、年末にG1を戦った一線級は「京成杯」に出走することは稀になりました。

加えて、1999年に中山2000mに延長されるも、どちらかというと「シンザン記念」の方に注目馬が移ったり、この時期に距離を試さずともわざわざ疲れを残す中距離に積極的に選ぶ陣営は減っていった結果、このレースの勝ち馬から「クラシック勝ち馬」を輩出することがほぼ無くなってしまいました。

2010年に【エイシンフラッシュ】がここで初重賞を飾り、皐月賞を11番人気で3着、日本ダービーを7番人気で制したのは例外であり、昭和に比べて「G3」にどっぷりといった感じの重賞となってしまっています。

第56回2016年1月17日106.25プロフェット2:01.4
第57回2017年1月15日107.50コマノインパルス2:02.5
第58回2018年1月14日110.00ジェネラーレウーノ2:01.2
第59回2019年1月14日107.50ラストドラフト2:01.2
第60回2020年1月19日108.25クリスタルブラック2:02.1
第61回2021年1月17日107.00グラティアス2:03.1
第62回2022年1月16日オニャンコポン2:01.3

3歳の牡馬重賞では「G3の基準:105ポンド」、「G2の基準:110ポンド」ですので、やはりどっぷりG3という肌感覚とここ最近のレースレーティングはマッチしています。

2018年は皐月賞3着、セントライト記念優勝のジェネラーレウーノが1着で、2着に人気薄でダービーを激走したコズミックフォースが居たために、G2相当の110ポンドに乗りましたが、その他の年は本当に107ポンド付近を行ったり来たりです。

加えて「京成杯」にとって中長期的に課題になってきているのが、「ホープフルS」の存在です。かつてはオープン特別として開催されていたのでうまく接続されていたのかも知れませんが、今や「京成杯」を追い抜いてG1となってしまい、しかもレース間隔は3週間程度となってしまいました。

そもそもG1に昇格しても層が厚いとは言いづらい「ホープフルS」がある中で、全く同じ中山2000mという重賞(G3)が前哨戦でなくG1の後(しかも中2週ぐらい)で開催されるというのは、どうみても重賞のレーシングカレンダーの組み方を見直す時期に来ているのではないかと感じます。2014年から2022年までの勝ち馬のうち、前述の【ジェネラーレウーノ】以外は京成杯を最後に勝てていないという事実を見る限り、その水準は今のままでは「ゾンビ的なG3」という評価を覆せないと思います。

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既に2~3歳重賞がやや供給過多となっている中にあって、条件を変えても時期を変えても居場所が実質的にない状況の中で、何とか今の位置で重賞の地位を保っていますが、そもそも条件も変えようがありません。昭和の時代にあった役割を既に終えつつあることを考慮すると、廃止や統合を含めた抜本的な見直しを行うとともに、「京成電鉄」のスポンサー枠を別の重賞に割り振ることも必要ではないかと感じてしまう、そんな新年の問題提起・提言でございました。

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