競馬歳時記【9月4週】「神戸新聞杯」

【はじめに】
重賞競走の歴史を振り返りながら季節の移ろいを感じる「競馬歳時記」。今回は「神戸新聞杯」の歴史をWikipediaと共に振り返っていきましょう。

神戸新聞杯(こうべしんぶんはい)は、日本中央競馬会(JRA)が阪神競馬場で施行する中央競馬重賞競走GII)である。「神戸新聞」は、神戸新聞社が発行する日刊紙。同社より寄贈賞の提供を受けている。

神戸新聞杯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』( 以下省略 )

昭和時代

1950年代:神戸新聞社賞を正賞とする「神戸盃」として創設

  • 1953年 – 4歳馬による重賞競走として「神戸盃」の名称で創設、阪神競馬場芝2000mで施行。 第1回当初より正賞は神戸新聞社賞。

国営競馬として最後の秋競馬を開催した最終年度である1953年(昭和28年)に、「神戸盃」と「京都盃」という現3歳馬による重賞が揃って創設されます。今の「~~新聞杯」という名称として開催されている重賞の前身にあたります。

京都盃神戸盃菊花賞
195310/11 T2400
ダイサンホウシユウ
11/08 T2000
ワカクサ
11/23 T3000
ハクリヨウ
195410/03
ミネマサ
11/07
ダイナナホウシユウ
11/23
ダイナナホウシユウ
195509/25
ヤサカ
10/30 T1600
ケンシユン
11/23
メイヂヒカリ
195609/23 T2000
ヤサカ(現4歳)
10/07 T1800
トサモアー
11/18
キタノオー
195709/23 T1800
ヨドザクラ
10/20 T2000
ミスオンワード
11/17
ラプソデー
195809/21
ホウシユウサクラ
10/19
タカハル
11/16
コマヒカリ
195909/20
ウイルデイール
10/18
ハツライ
11/15
ハククラマ

本番・菊花賞が11月下旬に開催され、そのトライアルとして2つの重賞が「京都盃 → 神戸盃」という順番で開催されていました。「京都新聞杯」については、今年の春の記事を書いていますのでそちらもご参照下さい(↓)。

レース間隔が少しずつ広がり、1950年代の後半になると9月下旬に「京都盃」、10月中旬に「神戸盃」という日程となります。1954年には名馬【ダイナナホウシユウ】が皐月賞以来の重賞制覇を果たして、本番・菊花賞でも6馬身差での圧勝を決めます。

しかし、1950年代の菊花賞を制するのは関東馬が多く、関東馬はこの重賞を使わずに別路線から菊花賞に挑戦して優勝することが多かったことから、なかなか菊花賞と直結しない時代が続いていました。

1960年代:京都盃と時期を交代、9月繰り上げ

1960年代に入り、1961年には「京都盃」が菊花賞の直前(11月前半)の開催となったことで、「神戸盃」が最終トライアルではなくなりました。しかしレース間隔は本番から約1ヶ月という所となって、ある意味でトライアルとしての機能を発揮しやすくなることが期待されるところでした。

1962年には、当時はまだ注目度の高くなかった【リユウフオーレル】が人気に応えて重賞初制覇を果たすと、そこから1番人気が4連勝。65年には61kgという斤量を負いながら【ダイコーター】が優勝。春にダービー馬となった【キーストン】は京都盃を勝ち本番に挑みますが2着。ライバル・ダイコーターが春の借りを返すべく徹底的なマークに徹し3/4馬身抑えての優勝でした。

また、1965年には時期が更に早まり、9月下旬から10月上旬の開催となっていきます。菊花賞との間隔は2ヶ月弱にまで広がり、秋最初に挑む重賞という位置づけとなっていきます。

1970年代:トウショウボーイ1分58秒台、5馬身差

1970年代に入ると、1971年に【ニホンピロムーテー】、1974年に【キタノカチドキ】がこのレースを叩いて菊花賞を制するなど、秋競馬の飛躍につながるレースとしての存在感が増します。

また、1972年には皐月賞馬のランドプリンスを、関西の人気馬【タイテエム】がレコード勝ちで制するという結果もあるなど、関東馬の遠征を関西馬が迎え撃つ舞台ともなっていきます。ちなみにこの年からレース名が『神戸新聞杯』となります。

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この時期を代表する「神戸新聞杯」としては、1976年。皐月賞馬【トウショウボーイ】が日本ダービー馬【クライムカイザー】と、札幌記念に続いて再び相まみえます。

レーストウショウボーイクライムカイザー
4/25 T2000
皐月賞
1着5着
5/30 T2400
東京優駿
2着1着
7/11 D2000
札幌記念
2着3着
10/3 T2000
神戸新聞杯
1着2着
10/24T2000
京都新聞杯
1着2着
11/14T3000
菊花賞
3着5着

結果的に現3歳時に6度対戦した「トウショウボーイvsクライムカイザー」は、先着を許したのが1度のみだったのですが、その1度が東京優駿(日本ダービー)だったというのが数奇な運命でしょうか。

そして、この【トウショウボーイ】が秋緒戦として選んだ「神戸新聞杯」では、従来の日本レコードを1秒更新する「1分58秒9」という『恐ろしい時計』、5馬身差での圧勝を演じました。

1980年代:G3に格付け、3年後にはG2に格上げ

1980年代には日本にもグレード制が導入され、1984年に「G3」に格付けされます。そこから3年を経て1987年からは「G2」に格上げされ現在に至ります。

この時代の印象的なレースを2つ挙げるとすれば、1982年(トウショウボーイ以来の2分切りのタイムで勝ったのが)黄金の馬こと【ハギノカムイオー】。春の2度の大敗から3番人気だったものの、終わってみれば1馬身1/4の差をつけて、デビュー3連勝時以来の優勝を果たしています。

また、1987年には牝馬【マックスビューティ】が優勝しています。ローズSが創設されるまでは牝馬がこのレースを叩いて秋3冠目に挑むことが珍しくなく、歴代勝ち馬にも名を連ねているのですが、この年を最後に牝馬が「神戸新聞杯」を制することはありません。挑戦例自体も殆ど減っていますからね。

マックスビューティは6連勝で春牝馬2冠を達成し、牡馬相手に1番人気となったこの「神戸新聞杯」を制して7連勝。続くローズSも制して8連勝としましたが、牝馬3冠を狙ったエリザベス女王杯で2着と惜敗し、3冠達成とはなりませんでした。

平成・令和時代

1990年代:ビワハヤヒデ、マチカネフクキタルらが優勝

  • 1991年 -「菊花賞指定オープン重賞」に指定。3着までの馬に菊花賞の優先出走権が与えられる。
  • 1995年 – 菊花賞トライアルに指定。

1990年代いっぱいは「京都新聞杯」の前の秋緒戦となる重賞として存在。1993年の【ビワハヤヒデ】や1996年の【マチカネフクキタル】が優勝しています。

また、中京競馬場で行われた神戸新聞杯を制した【スターマン】は、この次の京都新聞杯では【ナリタブライアン】を下すこととなりました。まさに菊花賞を前にした注目の秋緒戦となる舞台でしたね。

また、このレースを敗れた馬の中にも著名馬は多く、1993年2着・ネーハイシーザー、1995年2着・マヤノトップガン、同年5着・タヤスツヨシ、1997年2着サイレンススズカ、1998年3着キングヘイローなど、G1馬が多く名を連ねているところからもこのレースの注目度合いが分かります。

2000年代:関西唯一の菊花賞トライアル重賞に

2000年に「京都新聞杯」が春5月に移設となり、「神戸新聞杯」が関西唯一の菊花賞トライアルとなります。レース間隔の関係から、9月4週の開催となると、G1戦線への秋緒戦に選択する馬が急増して、レースレベルは一気に「スーパーG2」級となっていきます。

2000年代の主な「神戸新聞杯」
  • 2000年
    フサイチソニック

    2着:アグネスフライト
    3着:エアシャカール

  • 2001年
    エアエミネム

    2着:サンライズペガサス
    3着:クロフネ
    4着:ダンツフレーム

  • 2002年
    シンボリクリスエス

    2着:ノーリーズン
    6着:ヒシミラクル

  • 2003年
    ゼンノロブロイ

    2着:サクラプレジデント
    3着:ネオユニヴァース
    4着:リンカーン
    5着:ザッツザプレンティ

  • 2004年
    キングカメハメハ

    3着:ハーツクライ

  • 2005年
    ディープインパクト

    2着:シックスセンス
    3着:ローゼンクロイツ
    5着:アドマイヤジャパン

  • 2006年
    ドリームパスポート

    2着:メイショウサムソン

このようにハイレベルな争いが繰り広げられ、3歳限定戦とは思えぬレースレーティングとなっていきます。全G2の中でも非常にハイアベレージとなっていきました。

2007年からは、芝2000mから2400m戦となり、「菊花賞」に向かうか古馬G1戦線に合流するかは別にしても、クラシック・ディスタンスへの適性も見えるレースとなっていきます。

2010年代:オルフェーヴル、ゴールドシップらが優勝

2400m戦となって更にレースに格が出た「神戸新聞杯」。2010年代に入っても、毎年のように充実の秋緒戦となっていきます。ピックアップしていきますと、

2010年代の主な「神戸新聞杯」
  • 2010年
    ローズキングダム

    2着:エイシンフラッシュ
    3着:ビッグウィーク

  • 2011年
    オルフェーヴル

    2着:ウインバリアシオン

  • 2012年
    ゴールドシップ

    単勝オッズではマウントシャスタと僅差ながら2.3倍の1番人気に支持され、快勝

  • 2013年
    エピファネイア

    単勝1.4倍の圧倒的1番人気に推されると、最後の直線楽々と抜けて2着に2馬身1/2差の圧勝で重賞2勝目

基本的には距離2400mになったことで、日本ダービー馬が安定感のある秋緒戦を迎える結果となることが増えた一方で、菊花賞(3000m)では敗れたり、天皇賞(秋)など別路線に転戦することも平成20年代後半には珍しくなくなっていきました。

2020年代:コントレイル優勝、スーパーG2の高レーティング

中京競馬場の2200mでの代替開催が3年続いた2020年代。2020年には【コントレイル】が2馬身差で秋緒戦を飾り、父に続く無敗でのクラシック三冠を達成します。

その翌年の神戸新聞杯は、不良馬場で行われ、ダービー馬・シャフリヤールが4着と敗れ、ステラヴェローチェがレッドジェネシスを下して1年ぶりの重賞制覇を果たしています。

レースR勝ち馬1~3着
馬の次走
2016114.00サトノダイヤモンド菊-菊-菊
2017117.00レイデオロJC-菊-菊
2018116.75ワグネリアン休-菊-菊
2019117.25サートゥルナーリア天-菊-菊
2020116.00コントレイル菊-菊-菊
2021115.00ステラヴェローチェ菊-菊-菊
2022

2017年以降は「G1の目安:115ポンド」を上回っています。毎日王冠などと同じくトライアルレースということもあり、『スーパーG2』(3歳限定戦では最高のレースアベレージ)を誇っています。

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