競馬歳時記【3月1週】「チューリップ賞」

【はじめに】
重賞競走の歴史を振り返りながら季節の移ろいを感じる「競馬歳時記」。今回は「チューリップ賞」の歴史をWikipediaと共に振り返っていきましょう。

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BingAI

『チューリップ賞』について教えて?

チューリップ賞は、日本中央競馬会が阪神競馬場で施行する重賞競走です1。3歳牝馬限定の芝1600メートルのレースで、桜花賞のトライアルとしても注目されます2。今年のチューリップ賞は3月4日に行われます2

ChatAI(2023/03/04)

昭和時代:年に2回「チューリップ」を冠したレースが開催

前身1:夏や秋の新潟で開催されてた「チューリップS」!?

チューリップ賞(チューリップしょう)は、日本中央競馬会(JRA)が阪神競馬場で施行する中央競馬重賞競走GII)である。

競走名の「チューリップ(Tulip)」は、ユリ科の球根植物。品種改良によって数百種類もの色・形が存在する。茎が出て幅広い葉が数枚付き、4月 – 5月頃に大きな花を一つ咲かせる。花言葉は「永遠の愛情」「愛の告白」「名声」など、色によってさまざまな解釈がある。

チューリップ賞
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

さて、日本語版ウィキペディアには全く記載されていませんが、グレード制が導入された1984年以前にも、実は『チューリップ』を冠したレースが年に2回程度も開催されていました。そんな昭和時代から振り返っていくことにします。

(出典)netkeiba.com > データベース > 「チューリップ」ほか画像内のデータで検索した結果

『チューリップ』という名を冠したレースとして、まず中京以西を除いた形で検索してみると、従来の記載よりも遥かに昔(昭和40年代)から開催されていたことが見て取れます。それこそ1979年までは毎年、1980年代まで開催されていたことが分かります。

短距離で少頭数ぶりが目立ちますが、それだけでなく開催時期にも注目です。なんと、チューリップの花の旬とはかけ離れた7~8月や10月といった夏~秋開催で行われていたのです。不思議ですよね?

で、検索しても『新潟競馬場でチューリップSが開催されていた』事実に触れるページなどは殆ど見当たりません。なので、レース名の由来は正式にはわかりません。ただこれに関して、ちょっと面白い指摘を競馬を知らない方からなされたことがあるので軽く触れておきます。

富山県とか「チューリップ」の生産が盛んだし、新潟競馬場のある「新潟市の市の花」がチューリップだから、そこから取ったんじゃない?

平成20年代の「アタック25 in VIP」のフリバでの一般視聴者からの会話(記憶をもとに一部補足)

タケシバオー】の戦績に、新潟で開催された「チューリップS」という逸文のようなものを見つけて、掲示板クイズで出題した時の反応です。北陸地方でチューリップの栽培が盛んなのは全国的に有名ですが、現在のウィキペディアで「新潟市」を調べると、色々と出てきました。確かに(↓)。

市の花チューリップ

経済
新潟市の市内総生産は、2兆9,682億円(平成18年度)である。市域内は水田などの耕作地が多くあるが、それら第一次産業の割合は1%程度と全体を占める割合は低いが米の生産量とチューリップ栽培が日本一の自治体である。 第三次産業が全体の約8割を占め、次に第二次産業が約2割を占める。

遊園地
かつては市域内にも遊園地が複数存在したがいずれも現存せず、最寄りの遊園地は阿賀野市のサントピアワールドとなる。かつては西区寺尾(のちに西蒲区越前浜へ移転)の「新潟遊園」や中央区長潟の「鳥屋野苑ファミリーランド」、同区鐘木の「とやのレイクランド」、同区八千代・万代シテイの屋内型アミューズメントパーク「新潟ジョイポリス」などがあったものの、既にいずれも閉園されている。閉園後、新潟遊園のうち寺尾の旧園地の大部分は市が所得し、チューリップ園やバラ園など、かつての施設の一部をそのまま活用した「寺尾中央公園」となっている他、(後略)

新潟市
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

などとチューリップが馴染み深い存在であったことが窺えます。そして、春開催がない新潟競馬場で、花の名を冠した現2歳戦が開催される時期は、どうしても春ではなくなることも、『花の旬が由来ではない』とする説を補強していると見られます。

初版 001新潟県 胎内市 /(チューリップ)デザイン/マンホールカード
ノーブランド品

時々、オールドな競馬解説者が『チューリップステークス』などと現在の『チューリップ賞』を言い間違えるとSNSで叩く人が居ますが、そもそも昭和40年代から『チューリップステークス』だった歴史があったという事実を抑えた上でのSNSでの指摘(呟き)なのかも個人的には疑問に思っています。もちろん、単なる言い間違いなことの方が多いのでしょうけどww

前身2:阪神競馬場で春に条件戦として開催

もうひとつ、実は年に2回「チューリップ」を冠したレースが開催されていました。「チューリップS」の創設から数年後の1960年代終盤、小倉・阪神競馬場で現3歳限定戦が行われ始めます。

それがいわゆるチューリップ賞と呼ばれる関西の条件戦です。こちらは開催時期も春となっています。

( 同上 )

netkeib.com さんのデータベースを画像引用しますが、こちらは関西のマイル~中距離重賞として開催をされてきたことが窺えます。1981年までは牡馬も出走するレースであり、あまり活躍馬は多くありませんが、例えば1978年に勝った【メジロイーグル】は、春2冠で掲示板に載り、京都新聞杯などを勝ったほか、メジロパーマーの父としても知られています。

それが1982年から牝馬限定戦となって距離が『桜花賞』につられて短縮。1984年からオープン特別に昇格をして、そこからがウィキペディアに載っているという流れな訳です。

なので今では見られませんが、昭和の頃は普通に「年に2回、別の競馬場で似た名前のレース」が開催をされていたことがこの『チューリップ』という名称からも明らかになるのです。

平成・令和時代:オープン特別からG3、そしてG2へ

平成前半:オープン特別として名牝を幾頭も輩出

現在に繋がる「チューリップ賞」の歴史を、牝馬限定戦となった1982年から表に加工してみました。

施行日競馬場距離条件優勝馬性齢タイム
1982年3月6日阪神1400m800万下ブルパリーゼ牝31:24.8
1983年3月5日阪神1400m800万下ミホクイーン牝31:24.8
1984年3月11日阪神1600mオープンウラカワミユキ牝31:37.8
1985年3月10日阪神1600mオープンアイノサチ牝31:38.1
1986年3月9日阪神1600mオープンレイホーソロン牝31:36.9
1987年3月15日阪神1600mオープンマックスビューティ牝31:38.2
1988年3月13日阪神1600mオープンシヨノロマン牝31:37.2
1989年3月12日阪神1600mオープンヤンゲストシチー牝31:36.8
1990年3月11日阪神1600mオープンアグネスフローラ牝31:36.4
1991年3月10日中京1700mオープンシスタートウショウ牝31:44.1
1992年3月15日阪神1600mオープンアドラーブル牝31:38.5
1993年3月13日阪神1600mオープンベガ牝31:36.8
チューリップ賞
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
に、netkeiba.comのデータを参考に1982・83年を筆者が追加

1987年から、特に1990年からは非常に豪華なメンバーが並びます。桜花賞と同じ舞台で開催されるということもあって、まさに牝馬クラシック路線に直結した名前が並んでいます。

ちなみに、1991年のチューリップ賞は中京代替開催だった回として記憶されていますが、この時の3着馬までを並べると、

  1. シスタートウショウ(4連勝で桜花賞制覇)
  2. スカーレットブーケ(ダイワメジャー、ダイワスカーレットの母)
  3. タニノクリスタル (タニノギムレットの母)

と著名な名前が見られます。こうして豪華なメンバーが並ぶオープン特別だった時代を経て、1994年に遂に重賞昇格を果たします。

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平成中盤:G3に昇格、エアグルーヴもウオッカも

1994年に重賞(G3)に格上げされ、“「桜花賞指定オープン重賞」として3着までに桜花賞の優先出走権を付与”に。更に翌年から『桜花賞トライアル』に指定されます。勝ち馬はこんな感じで並びます。

チューリップ賞
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

重賞となった最初の「チューリップ賞」では、中央のアグネスパレードが、笠松で7戦6勝も中央緒戦のエルフィンSで9着と敗れた【オグリローマン】を下しての勝利。しかし、本番・桜花賞ではオグリローマンが勝利し、“史上初めてとなる地方競馬出身馬による桜花賞優勝”を達成。兄・オグリキャップと同様に、『オグリコール』がなされることとなりました。

ウマ*娘 プリティーダービー エアグルーヴ フィギュア
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そして、1996年にはエアグルーヴ、2001年にはテイエムオーシャン、2004年にはスイープトウショウなど平成でも屈指の人気を誇る牝馬がこのレースを勝っています。
もちろん年によって差はありますが、いわゆるG2格のポテンシャルは『オープン特別』時代から兼ね備えていたように見えます。

今でも語り草となっている2007年の『ウオッカ vs ダイワスカーレット』は、3着を6馬身突き放し、1・2着がクビ差。牝馬によるバチバチのマッチレースとなり、伝説はここから始まりました。

平成後半:フィリーズレビューに次ぐG2に昇格

平成の後半も、名だたる牝馬が勝っています。ブエナビスタ、レーヴディソール、ハープスター、シンハライト、ソウルスターリングなどと歴史を重ね、2018年からはいよいよ「G2」に昇格します。

( 同上 )

それまで早春の牝馬限定G2は『フィリーズレビュー』しかありませんでしたが、同じ阪神競馬場でしかも距離が本番・桜花賞と同じとなったことで、完全に『王道』がチューリップ賞に移りました。しかもレース間隔がこちらの方が1週早いこともあり、マイルに自信ある勢が大挙するようになったのです。

令和時代:メイケイエールが同着でマイル重賞唯一の勝利

2016年以降のレースレーティング(牝馬限定戦の4ポンドを足して牡馬混合戦と同じ基準で揃えたもの)を記載しましたが、G2の基準110ポンドを全ての年で上回っており、『G2』の標準的レベルとなっています。

第23回2016年3月5日111.75シンハライト牝31:32.8
第24回2017年3月4日113.00ソウルスターリング牝31:33.2
第25回2018年3月3日113.25ラッキーライラック牝31:33.4
第26回2019年3月2日112.00ダノンファンタジー牝31:34.1
第27回2020年3月7日112.50マルターズディオサ牝31:33.3
第28回2021年3月6日110.50メイケイエール
エリザベスタワー
牝31:33.8
( 同着 )
第29回2022年3月5日113.75ナミュール牝31:33.2

この中でも特に人気が高いのが、2021年にエリザベスタワーとメイケイエールが同着となったレースでしょう。【メイケイエール】が唯一「マイル」で優勝を遂げたレースとなっています。

もともとは新潟競馬場と阪神競馬場で開催されていた「チューリップ」を冠したレースが、時代を経て『春の牝馬限定G2』として開催されるようになった令和時代。一流馬がトライアルをスキップしていきなりG1に出走することも珍しくなくなった昨今、桜花賞と同じ舞台で行われる「チューリップ賞」が、どういった変遷を辿るのか注目していきましょう。

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