競馬歳時記【10月4週】「富士S」

【はじめに】
重賞競走の歴史を振り返りながら季節の移ろいを感じる「競馬歳時記」。今回は「富士S」の歴史をWikipediaと共に振り返っていきましょう。

富士ステークス(ふじステークス)は、日本中央競馬会(JRA)が東京競馬場で施行する中央競馬重賞競走GII)である。

東京競馬場のスタンドからは晴れた日に富士山が見えることがあり、2007年に完成した新スタンドも「フジビュースタンド」と名付けられている。

富士ステークス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

20世紀

1980年代:ジャパンカップ前哨戦の中距離オープン

1981年にジャパンカップが創設された際、同競走に出走する招待馬とその帯同馬、および代表候補の地方競馬所属馬が出走できる国際招待競走として、11月上旬に4歳(現3歳)以上の馬による芝1800mのオープン競走が東京競馬場で設けられた。

このオープン競走に1984年より「富士ステークス」と競走名がつけられ、これが本競走の前身とされている。

( 同上 )
施行日条件優勝馬性齢所属タイム
1981年11月08日オープンタクラマカン牡3JRA1:48.7
1982年11月13日オープンフロストキング騸4CAD1:48.8
1983年11月12日オープンエイティトウショウ牝5JRA1:51.2
1984年11月11日オープンアローボヘミアン牡5JRA1:49.8
1985年11月10日オープントウショウサミット牡3JRA1:48.6
1986年11月09日オープンアワウェイバリースター騸4NZL1:47.5
1987年11月15日オープントリプティク牝5USD1:46.9
1988年11月13日オープンセーラムドライブ牡6USD1:46.9
1989年11月12日オープンオラクルアスカ牡4JRA1:47.8

東京の芝1800mで行われていたという点では、「毎日王冠」に近いレースだったと思われ、ジャパンカップの半月前に行われたレースで外国招待馬が何度か優勝していました。

第1回は唯一の外国馬・インドのオウンオピニオンが最下位に沈み、アメリカ産の【タクラマカン(輸入時:Isihkari)】が優勝。トウショウゴッドに3馬身半差をつけて素質を見せつけました。

そして、第2回(1982年)は、大井で8戦8勝、中央転戦緒戦のセントライト記念も制して9連勝中だった地方競馬出走の国内馬【ホスピタリテイ】が、カナダの【フロストキング】に敗れ、生涯唯一の敗戦(生涯成績11戦10勝)となったのも、この「平場オープン競走」でした。

1984年に「富士S」と命名されると、昭和の終わりには北米馬が3頭優勝。特にこのうち1987年の【トリプティク】は、ヨーロッパで活躍を続けた後、前年ジャパンC大敗の経験をもとに国内のトライアルを使うという戦法に出たことも印象的です。

1990年代:芝1400m戦、JC前日の重賞へ

1990年代に入ると外国馬の優勝事例はなくなり、シンコウラブリイマチカネタンホイザサクラチトセオーフジヤマケンザンシンコウキングと国内の中距離路線組が5年連続で優勝する時期を迎えた翌1997年にレース条件が変更されます。

項目~19961997~
時期ジャパンカップ
の半月前
ジャパンカップ
の前日(土曜日)
距離東京1800m東京1400m
格付けオープン1997:オープン
1998:重賞G3

これによって、かつての「ジャパンカップダート」のようにジャパンカップの前日のメインレースとなると共に、JCの前哨戦としての役目を終え、国内馬向けの重賞となっていきます。

回数施行日競馬場距離優勝馬性齢タイム
第1回1998年11月28日東京1400mエアジハード牡31:23.0
第2回1999年11月27日東京1400mレッドチリペッパー牝31:21.4

第2回(通算19回目)は、現3歳だったアメリカ産馬の【レッドチリペッパー】が短距離路線に戻って重賞初制覇を果たすこととなった舞台。外国人ジョッキーも騎乗したりと引き続き華やかな場でした。

21世紀

2000年代:菊花賞前日のマイル戦に

厳密には20世紀ですが、2000年になって再び変革が訪れます。開催時期が10月下旬に繰り上がって、開催距離もマイル戦となったのです。これによって「マイルCS」の前哨戦の意味合いが強まります。

項目~19961997~19992000~
時期ジャパンカップ
の半月前
ジャパンカップ
の前日(土曜日)
菊花賞
の前日
距離東京1800m東京1400m東京1600m
格付けオープン1997:オープン
1998:重賞G3
重賞G3

ただ重賞馬が多く出走する舞台では引き続きあったものの、「富士S(G3)」の前に「毎日王冠(G2)」、翌週に「スワンS(G2)」が距離こそ200mずつ違うものの設定されており、その間に開催されるマイルG3には中々メンバーが集まりにくい状況でした。

このレースを2004年に1番人気で勝った【アドマイヤマックス】は、安田記念2着の実績があり、翌年の春には高松宮記念を制しています。しかし、こういったG1馬がこのレースを勝つことは寧ろ例外となっていました。

2010~20年代:2020年・G2昇格

しかし東京競馬場に適性のある馬や、生粋のマイラーがこのレースを選択するようになると、2010年代の中盤からレースレーティングは少しずつ「スーパーG3」の域で定着していきます。

2010年代に入ってからはすべて5番人気以内が勝っていまして、2016年からのレースレーティングをまとめてみますと、

レースR勝ち馬補足
2016111.50ヤングマンパワー
2017113.50エアスピネル
2018111.75ロジクライ
2019112.25ノームコア3年平均が110を超えたため
2020114.75ヴァンドギャルド2020年より「G2」に昇格
2021113.50ソングライン
2022

「G2の目安:110ポンド」をG3時代から大きく越え続け、2020年をもって「G2」に昇格します。これによって、10月には「毎日王冠」、「府中牝馬S」、「富士S」、「スワンS」と毎週のようにG2が開催されることとなりましたが、一方で10月最終週以降のG1とは現代の馬にはレース間隔が若干短く、寧ろ「香港国際競走」と国内路線(阪神C含む)両睨みのローテーションを組む陣営もいる様に感じます。

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