Rxヒットアーティスト列伝「大川栄策」

【はじめに】
この記事では、私の「Rxヒット指標」に基づき歌手/アーティストのヒット曲を振り返っていきます。今回取り上げるのは「大川栄策」さんです。

created by Rinker
¥2,712(2022/11/27 17:18:11時点 楽天市場調べ-詳細)

大川 栄策(おおかわ えいさく、本名:荒巻 逸造(あらまき いつぞう)、1948年10月30日-)は、日本演歌歌手である。大川栄策音楽事務所所属。血液型はA型

大川栄策
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

Rxヒット指標にみる「大川栄策」さんの人気曲

まず、私(Rx)のヒット指標にみる「大川栄策」さんの代表曲をみていきましょう。こちらです(↓)

発売累計pt
レコード

DL

再生

カバー
曲名
69/06/10 60 201030目ン無い千鳥
3282/08/012701801080さざんかの宿
3383/06/01 30 30恋吹雪
集計方法や企画の主旨については、下の記事に纏めてありますので初見の方はぜひご覧ください(↓)

2位:60万pt(1969年)『目ン無い千鳥』

福岡県大川市出身。身長169cm。佐賀県立佐賀商業高等学校を卒業と同時に上京し、作曲家古賀政男に弟子入り。

そして1969年日本コロムビアより「目ン無い千鳥」(兄弟子アントニオ古賀のB面だった)で念願のデビューを果たし、リバイバルヒットとなる。以後、地道に“古賀メロディ”を歌い続ける。

大川栄策
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

もともとは戦前のヒット曲で、昭和40年代に入り、島倉千代子さん、そして大川栄策さんが歌ったバージョンがB面から話題となりました。

さらに1969年、大川栄策がカバーした。古賀は、この曲の出来に気をよくし、A面にして大川を売り出そうとしたが、レコード会社側は当時、無名だった大川をA面にしても売れないだろうと判断し、アントニオ古賀のレコードのB面に入れて発売した。

しかしリリース後、B面の大川の曲にファンの支持が集まり、再び「B面のヒット曲」となった。なお同時収録となったアントニオ古賀の収録曲は新妻鏡であり、偶然にも島倉・大川と揃って霧島昇のオリジナル版と同じA面・B面の組合せとなった。 なお、大川が歌う新妻鏡は翌年の1970年にシングルで発売されている。

目ン無い千鳥
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

1位:270万pt(1982年)『さざんかの宿』

さざんかの宿」(さざんかのやど)は、1982年8月1日に発売された大川栄策の32枚目のシングル。累計180万枚の売り上げを記録しており、大川にとって最大のヒットとなった。

さざんかの宿
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
  • 作曲の市川昭介は作品の出来によほどの自信があったようで、曲を書き上げるとすぐに大川に楽譜を見せたくなり、彼の自宅に行って玄関先で帰りを待ったという。
  • 発売から4ヶ月経って、オリコンのトップ10に初登場。3週間2位(1983年1月24日 – 2月7日付)にランクイン。
  • TBSザ・ベストテン』では同曲で自身唯一の登場となり、週間最高で3位(1983年1月27日・2月3日放映)で10位以内には12週間ランクインした。
created by Rinker
¥1,020(2022/11/27 17:18:16時点 楽天市場調べ-詳細)
  • 大川にとっては1969年の「目ン無い千鳥」以来、13年ぶりのヒット曲である。この間ずっとヒットに恵まれず、1978年7月には恩師・古賀政男も死去する、という苦しい日々を過ごした。『ザ・ベストテン』で初めてランクインした時、「13年間の苦労は何とも思わないが、古賀先生がお元気な内に、A面でヒット曲を出して先生を喜ばせたかった」と語っている。(「目ン無い千鳥」は古賀門下の兄弟子・アントニオ古賀のレコードのB面だった)。
  • 同曲の大ヒットにより、1983年大晦日放送のTBS『第25回日本レコード大賞』においてロングセラー賞を獲得。さらに同日の「第34回NHK紅白歌合戦」へも、大川自身念願の紅白初出場を果たした。

3位:30万pt(1983年)『恋吹雪』

1982年吉岡治作詞、市川昭介作曲の「さざんかの宿」が180万枚の大ヒット。NHK紅白歌合戦にも初出場した。相乗効果にて次作の「恋吹雪」もヒットした。

大川栄策
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
created by Rinker
¥7,981(2022/11/27 18:18:08時点 楽天市場調べ-詳細)
  • 2002年、「大川栄策の実弟」という設定の覆面歌手「イー・オー」名義でJ-POPの楽曲「ヴィクトリーロード」(作詞:角田信朗、作曲:永井龍雲)を発表。
  • 近年は“筑紫竜平”のペンネームで作曲もこなし、恩師の影を追って韓国音楽にも取り組んでいる。また、2006年には「駅」がヒット。さらに2007年11月21日より演歌界では初となる配信限定12週連続リリースを敢行した。

コメント

タイトルとURLをコピーしました