競馬歳時記【4月2週】「阪神牝馬S」

【はじめに】
今回は、「阪神牝馬S」の歴史などをWikipediaと共に振り返っていきましょう。

1950年代:関西初の古馬牝馬重賞として創設

1958年、12月第2週に「阪神牝馬特別」という重賞が創設されます。阪神競馬場の芝1800mで開催、ハンデ戦だった同レースを勝ったのは50kgの軽量だった【シユンメ】でした。

先月、「中山牝馬S」の記事でもご紹介しましたが、昭和中期の中央競馬で牝馬限定重賞というと、殆どが現3歳路線ばかりでした。古馬牝馬は、牡馬との混合競走に出走する他なかったのです。

阪神牝馬特別に先駆けること5年、1953年に「東京牝馬特別」が創設されます。様々な変更を経て現在は「府中牝馬S」としてお馴染みのレースです。これが戦後初の古馬も出走可能な牝馬限定重賞でした。これと時期を同じくして、年末(12月)に関西で開催されることとなった「牝馬特別」の重賞が「阪神牝馬特別」だったのです。

当時は関東と関西で路線がかなり分断されており、今ほど遠征する馬も多くありませんでした。故に、東京と阪神で1週しか違わないタイミングで牝馬重賞があっても、時期をズラして両方に参戦できるよう配慮しようという意図は無かったと思われます。

むしろ当時は互い違いに似た性格の重賞を開催していた傾向があるかも知れません。ここでは1958年の重賞カレンダーを例にとりましょう。

関西時期関東
菊花賞11/16
京都大障害11/23天皇賞(秋)
京都記念11/30カブトヤマ記念
阪神3歳S12/07東京牝馬特別
阪神牝馬特別12/14朝日杯3歳S
読売C12/21有馬記念

イメージとしては距離的にも、「ヴィクトリアマイル」と「エリザベス女王杯」を、有馬記念の前週に開催していたような感じでしょうか。それでも当時は牝馬限定ハンデ重賞があることが画期的でした。

1960年代:距離延長(1800→1850→1900→2000m)

1960年代に入って徐々に距離が延長されますが、実績ある現3~4歳馬が挙って挑戦します(古馬混合の八大競走に挑むレベルの一流馬は除く)。ハンデ戦ということもあって酷量に負ける馬も居ますが、

1960クインオンワード
トキノキロク
55.5
54.5
1着
3着
1961ミスケイコ572着
1964オーヒメ
パスポート
57
61
2着
3着
1965パスポート608着
1966ワカクモ563着
1968ヒロダイコク584着
1969トウメイ552着

特に、牝馬2冠をともに2着だったパスポートは、古馬混合重賞を4勝し、宝塚記念2着などの女傑でしたが、60kgを超える斤量を背負わされ、引退レースとなった1965年は8着と大敗しています。

1970年代:3歳牝馬限定エリ女の翌月に定着

1970年代になるとビクトリアC → エリザベス女王杯と牝馬3冠路線の最終戦が11月に創設されます。その結果、11月に3歳牝馬限定の重賞を挟んで、12月にそこを戦ってきた3歳馬と古馬牝馬が激突する舞台として12月の「阪神牝馬特別」の存在感が増します。

これはちょうど、「秋華賞」の翌月に開催される「(古馬混合戦としての)エリザベス女王杯」と同じ構図と言えるでしょう。この立ち位置はエリザベス女王杯が古馬開放される1990年代まで続きます。

1977/12/18:第20回「阪神牝馬特別」
1着 1番人気 57kg インターグロリア(桜花賞、エリ女の2冠馬)
2着 9番人気 50kg スリーファイヤー(条件戦3戦連続2桁着順)
3着 2番人気 57kg リニアクイン  (オークス馬、牝馬3冠全て3着以内)

こういったハンデ戦らしい華やかなレースもあった1970年代ですが、基本的には圧倒的に3歳馬の出走と優勝が多かった時代でした。

1980年代:GIIIに格付け

1984年、日本にグレード制が導入されると、他の古馬牝馬重賞と同じく「GIII」に格付けされます。

この時代のドラマチックな例でいくと、1986年の【ポットテスコレディ】などでしょうか。同年は史上初の牝馬3冠を【メジロラモーヌ】が達成した年なのですが、この馬に6度敗れていたのがポットテスコレディでした。トライアルを含め完全制覇を果たしたメジロラモーヌですが、その3冠のトライアルで2~3着と惜敗続きだったのです。

2月のオープン特別「バイオレットS」以来10ヶ月ぶりの優勝(初重賞制覇)を果たしたポットテスコレディは、年明けの京都牝馬特別、そして秋にはスワンSも制しています。

1990年代:GIIに昇格、初めてマイルに短縮

1993年にはマイラーのイメージが強い【ノースフライト】が距離2000mを克服する優勝を果たしています。現3歳だったノースフライトは府中牝馬Sに次ぐ重賞2勝目で、この翌年(明け現4歳)には、マイルGIの春秋制覇を果たす飛躍を遂げました。

1994年には、牝馬路線拡充の意味もあって、GIIに昇格します。この年に別定戦となり、挑んだのが現4歳時の【ホクトベガ】です。57kgを背負い5着と敗れていますが、格上げに相応しい馬の挑戦です。

1995/12/17:第38回「阪神牝馬特別」
1着 6番人気 55kg サマニベッピン (この年、重賞3勝目)
2着 1番人気 55kg ダンスパートナー(菊花賞5着の次走)
5着 5番人気 57kg ホクトベガ(次走・川崎記念から本格的にダートへ)

ダンスパートナーやホクトベガも出走するなど、GIIに格上げされて別定戦となったことで、一時期は減ってしまっていた一流馬の挑戦も目立つようになります。

2000年代:4月・1400m戦に移行

2001年、レース名が「阪神牝馬S」と揃えられまして、それだけでなく、催条件が大きく変化します。

2000年代前半まではエリザベス女王杯の後に一流馬が参戦するレースとして定着しています。例えば、

  • (2000年)トゥザヴィクトリー1着、フサイチエアデール5着
  • (2003年)ファインモーション1着(1年ぶりの勝利)
  • (2004年)ヘヴンリーロマンス1着、ダイワエルシエーロ3着
  • (2005年)アドマイヤグルーヴ1着(引退レースで有終の美)

エリザベス女王杯を連覇した2004年以来、実に1年ぶりの優勝となった【アドマイヤグルーヴ】の優勝は、年末に行われていた「阪神牝馬S」にとっても有終の美となりました。

2006年、5月に春の古牝馬限定G1の「ヴィクトリアマイル」が創設された事に伴い、「阪神牝馬S」は初めて開催条件を大きく変えることとなります。『年末の最終目標』との役目を終え、『トライアルレース』に一変したのです。開催時期も半世紀にして初めて春4月に移ったのです。

移管して3年目の2008年には、準オープンを勝ち上がったばかりのエイジアンウインズが重賞初勝利を阪神牝馬Sで上げると、その次走「ヴィクトリアマイル」で、ウオッカを下す金星を挙げての初G1制覇を果たしたことも記憶にあるかも知れませんね。

2010年代:マイルに再延長

2014年に「ヴィクトリアマイル」への優先出走権が1着馬に正式に与えられるようになり、2016年には再びマイルに距離再延長となるなど、マイナーチェンジを重ねて現在に至ります。

  • (2011年)カレンチャン、初重賞制覇(1400m時代)
  • (2012年)アパパネ、6歳緒戦は7着大敗

そして、他のレースと同じく、2016年以降のレースレーティングを見ていきましょう。

レース
レート
勝ち馬
2016108.25スマートレイアー
2017111.50ミッキークイーン
2018110.50ミスパンテール
2019107.25ミッキーチャーム
2020108.00サウンドキアラ
2021107.75デゼル
2022

日本の牝馬限定競走は一般に「GI:111」、「GII:106」ポンドというのが目安となっています。ここ数年は標準的なGIIの水準に落ち着いている印象があります。

年末の頃と比べると少し「トライアル」感の強いレースの年が続いています。2022年は前年の秋華賞馬【アカイトリノムスメ】が出走を予定して注目度が例年よりも高まりましたが、直前で除外となりました。

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